第11話「始動!オフューカス分遣隊」
王都の朝は誰もが忙しくて、
ゾディアック黒騎士団の
そんな本営の建物を奥に進み、小さな部屋へとラルスは通された。
ドアを開けたリンナは、薄暗い中でカーテンを開けながら振り返る。
「ようこそ、少年。ここがオフューカス
そこは簡素な部屋で、机が五つ並んでいるから少し手狭だ。隅にはソファとテーブルとがあって、そこは来客用のスペースなのだろう。
そして、ソファの上に丸まった毛布があって、もぞもぞと動いていた。
目を向ければ、むくりと起き上がった毛布の中から半裸の女性が現れる。
「ふあ? ほあようございまひゅ……朝れふか?」
「おはようございます、カルカさん。……また本営に泊まられたんですか?」
「むにゃ……そ、そうなんです! もう、仕事がなかなか終わらなくて! やってもやっても片付かないんですよ。つい、張り切っちゃって」
現れたのは、同じオフューカス分遣隊の仲間、カルカだ。彼女はテーブルの
家を出てからずっと、リンナは完璧な美少女騎士として振る舞っていた。
もぞもぞと騎士団の制服を着るカルカは、ラルスを見つけて「ああ!」と口を開く。彼女はスカートをはくのもそこそこに、自分の机へとよたよた走った。
「ラルス君、丁度よかったです。今日からゾディアック騎士団の一員、それも正騎士ですから……じゃーん! わたくしからのプレゼントですっ!」
なにやら書類一式を持って、満面の笑みでカルカはそれを見せつけてくる。
なんだろうと顔を近付けたラルスは、並んだ絵に笑顔をほころばせた。
「こっ、ここ、これは!」
「はいっ! ゾディアック黒騎士団の正騎士が使う武具です。どれも必需品になりますので」
「い、いいんですか?」
「勿論です。さあ、選んでください!」
カルカの手から受け取った、それはどうやら武具の一覧表のようだ。どれも簡単な説明と共に絵が添えられており、上質なあつらえを感じさせる。実際、騎士にとって武具は命を預ける大事なもの、武器も防具も慎重に選ばなければいけない。
だが、一番奥の自分の机でリンナは小さく溜息を零す。
「カルカさん、もうその辺で。……その制度は、まだあるのですか?」
「はい、リンナ隊長。一応ほら、
一瞬でラルスは、笑顔を凍らせた。
耳を疑ったが、ニコニコとカルカは頬を寄せてくる。
彼女がバルクから
「あ、あの、カルカさん」
「はい? ああ、まずは武器ですね、武器。攻撃は最大の防御! ラルス君は剣が得意なんですよね……でしたら、こちらが騎士団公認の刀剣になります。やはり騎士団の正騎士として看板を背負うので、公式の武器で統一感を出してもらわなければ。これ、団規です」
「……買うん、ですか?」
「団員は二割引きですよ?」
カルカが眼鏡を指で上下させながら、説明してくれる。
つまり、ゾディアック黒騎士団は王国最大にして最強の騎士団故に、徹底した団規で
ラルスは、驚きに言葉を失ったが、同時に思い出す。
小さい頃から父が聞かせてくれた、ゾディアック黒騎士団の大活躍。書物で呼んだ、快進撃。揃いの黒衣に身を固め、紋章が輝く盾を手に並んだ騎士たちの勇姿。幼い頃から憧れたものである。
それは実は、騎士団が率先して進めてきたイメージ戦略だったのだ。
「あの……騎士団から支給されるというのは? 備品なんかを貸し出したりは」
「全部、騎士個人の買い取りですよ? どれも名工が手掛けた逸品ですし! それにまず、制服ですね。ラルス君。ええと、サイズは」
「まっ、待ってください! 俺、そんなお金ないですよ!」
「大丈夫ですよぉ、ちゃんとローンが組めますから。金利もたったの一割ですし、ちゃんとお給金から天引きしてくれるんです!」
ラルスは言葉を失った。自前での準備も必要だとは思っていたが、大半は支給されるものと思っていたのだ。
手の平サイズのそれを開封し、中身の液体をグッと飲み干した。
「クーッ! きたきた、きましたわあ! 朝からユニコーン印の強力ドリンク、フルチャージです! さあ、今日もバシバシ働きますよ……ねっ、ラルス君」
「え? あ、ああ、はい。アゲて、いきたい、です、けど」
改めてラルスは、カタログに目を落とす。
なるほど、よく見れば値段が書かれており、ゼロの数字が多い。
思わず、ちらりとリンナを見やる。
机の上の書類を片付け始めたリンナは、ラルスの救いを求める視線に気付いてくれた。
「少年、無理して買う必要はありませんよ。オフューカス分遣隊である程度は武具を確保してますので。あとでお見せします」
「ほっ……なんだ、そうならそうと言ってくれれば」
「本当はカルカさんが言う通り、必要な品は購入するのが規則なのですが……私には、それを仲間に強いるとこはできません。規則は大事ですが、我々は規則を守るために騎士団に集った訳ではありません。我々が守るのは、国と民なのですから」
冷ややかとさえ思える程に、リンナの声音は静かだった。なのに、耳に心地よくて、同時に秘めた激情まで感じ取れるような気がした。姉と弟だからと思うには、まだ少し抵抗があるが……不思議とラルスは、
カルカは「まあ、そうですねー」と笑ってラルスからカタログを取り上げた。
「余裕があったらいつか買ってくださいね。これも立派な騎士団への
「え、えっと」
「あと、中古の武具等も扱ってる業者があるので、そちらもご紹介しておきますね。戦死者も毎年結構な数が出るので、遺品を買い上げる制度がありますのよ?」
喋り出したら止まらぬ勢いで、カルカは微笑み続ける。
その笑顔は、
リンナが溜息と共に「カルカさん」と釘を刺すと、ようやく彼女は喋るのを一度やめた。
「まあ、わたくしったらまた……ごめんなさいね、ラルス君。規則は規則なんですが、リンナ隊長が仰る通りでもありますの。組織というのは多くの利権やしがらみがあって……ふふ。でも、そんな組織がよりよくなることも、必要なことですし」
「はあ」
「それに、わたくしたちの任務は常に死と隣り合わせ。武具もしっかりしたものを選び、補償や制度にも
「で、ですね」
それは事実で、ラルスがこれから生きてゆく現実だ。
同時に、改めてゾディアック黒騎士団の規模を思い知らされる。ここはもう、腕っ節の強い者達が結託するだけの騎士団とは違う。団自体が巨大なからくり細工のようで、ラルスやカルカ、そしてリンナまでもが恐らくそれを構成する部品だ。
そうこうしていると、背後でドアが開いて室内が賑やかになる。
「うーっす、おはようさん、っと。おう、ボウズ! いたいた、部屋は見つかったかい?」
「え? あ、え、ええ! おはようございます、バルクさん。いい場所があったので、そちらにお世話になることになりました」
「そうかい! ほれ、引越し祝いだ」
ラルスは、やってきたバルクから挨拶もそこそこに包を受け取る。
その頃にはカルカはもう、昨夜ラルスが運んだ書類についての話で、リンナの机の前に行ってしまった。
テキパキと書類を処理して決済し、リンナはサインのペンを走らせていた。
その姿に少し
「バルクさん! こ、これは」
「俺のお古さ、とりあえずはそれ着とけや。でないと、カルカに高い買い物を押し付けられちまうからな」
バルクがくれたのは、ゾディアック黒騎士団の制服だ。
憧れの黒衣が今、両手の中にある。胸には真紅の日輪が
無精髭のバルクは、そんなラルスを見下ろしウンウンと何度も頷く。
「ありがとうございます、バルクさん。これ、大事にしますね!」
「ま、早く自分で制服を新調できるくらい稼ぎな。それと、ほら」
クイとバルクは、親指で背後を指す。
巨体の後ろから、小さな小さな少女が飛び出した。
「わっ、ヨアンさん? え、えっと」
ヨアンは挨拶もなしに、無言でラルスの胸になにかを押し付けてくる。よく見ればそれは、先日ラルスが羽織らせてやった上着だ。
ヨアンが見上げてくる中、それを受け取りラルスは驚く。
リンナとは別の意味で無表情はヨアンは、小さく短く言葉を切ってきた。
「これ、返す。……昨日、ありがと」
「あ、うん。あ! えっと、ヨアンさんは制服は」
「わたし、まだ、契約騎士。制服、急がなくて、いい」
「そっか」
ヨアンはじっとラルスを見上げていたが、用は済んだとばかりに周囲を見渡し行ってしまう。肩を
そして、本営の敷地内にラッパの音が響く。
カルカと細かなやり取りをしていたリンナが、一度話を打ち切って立ち上がる。
リンナは手狭な室内で四人の部下を見渡し、よく通る声を研ぎ澄ました。
「それでは、今日も一日よろしくお願いします。
同時に、嬉しそうにカルカが書類の束を渡してくる。
こうしてラルスの、ゾディアック黒騎士団での生活が始まったのだった。
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