第8話「大都会の夜の洗礼」
ラルスの歓迎会は、宴も
オフューカス
なによりラルスは、お腹いっぱい食べたヨアンの笑顔に頬が
それでも……不安がない訳でもない。
「これ、俺なんかがしていい仕事なんだろうか……はっ! これはでも……もしかして、俺の初仕事!? ……アゲていくしか、ないのか!?」
今、ラルスは一人で慣れぬ夜道を歩いている。
王都の夜は昼間以上に賑わいでいて、まさしく不夜城、眠らない街……すれ違う誰もが、景気のいい顔をして通り過ぎていった。
自然と脳裏に、先程のやりとりが思い出された。
※
リンナが会計をして、挨拶もそこそこに去った直後だった。
ラルスは呼ぶ声に振り返って、ニタニタとしまらない赤ら顔を見やった。
バルクが周囲を見渡し、声をひそめてくる。
「このあと、暇か? 夜は長いぜ……予定、ないだろ? ええ?」
「はあ、まあ。どこかの宿屋で馬小屋でも借りようかと。宿無しなんですよ、今の俺」
「……ちょっと、付き合わねえか? なに、俺にもそれくらいの甲斐性はあるからよ」
なにを言ってるのかよくわからないが、ラルスは財布が心もとない。そんな彼にやれやれと肩を
「せっかくだからよ、王都の夜を楽しませてやろうってんだ。俺、おごるぜ? かわいい部下、後輩だしよぉ。……アルスの
「はあ……あ! おっ、俺も父さんの話、もっとバルクさんから聞きたいです」
「そゆのはまた今度。今夜はお前さんの
バルクは鼻穴をヒクヒクさせながら、真剣な顔で語り出す。
二軒目へとはしごして、おねーちゃんがお
だが、その内容を聞いてラルスは
「バルクさん!? いっ、いけません! 騎士たる者がそんな
「おーおー、若いねえ。青いねえ。はは、そっかそっか。でもな、ボウズ。考えてもみろよ……そんなに騎士ってな、偉い仕事なのかねえ?」
「当然ですよ。国と民を守って戦い、誰からも尊敬されるふるまいをせねば――」
「じゃあ、夜の
「えっ……そ、それは」
バルクははっきりと言った。
職業に
だが、今朝方の城門前での事件も同時に思い出される。先程再会したヌイは、
そんな彼の生真面目さに、バルクは嫌な顔一つせず笑った。
「ま、お前さんのそういうとこ、親父に似てるぜ?」
「えっ?」
「アルスも、不器用と言うか、堅物というか……要領の悪い男だが、そんな実直さを誰もが信じて頼ったものさ。わーった! 今夜は帰って寝ちまいな、色々疲れたろうしよ。ただし、馬小屋はよしな。ベッドでちゃんと寝ろ」
「は、はあ」
「宿屋の宿泊費は、あとで経費として騎士団持ちにしてやる。……いいか、ラルス。馬小屋で寝てるような奴は、いざというとき能力を最大限に発揮できねえ。身体を休めることも騎士の務め、ってね」
ラルスはその時、バルクへの印象が改まるのを感じた。どこか
そんなラルスの耳元に、突然熱い
「うわっ! な、なんですか!? カルカさんっ!」
振り向くと、背後から首に抱き着いてくるカルカは
「ウフフ……ウフフフフフ! 駄目ですからね、ラルス君? わるーいオジサンにそそのかされて、あんな店やこんな店に行っても……経費で落ちませんからねー? ウフフフ!」
「あ、いえ……宿に行って寝ます」
「無駄に高い部屋だと、経費で落ちませんから! 女の子を呼び込むのも駄目です!」
「……すぐ寝ますから。ん? な、なんですか、カルカさん、これ」
豊満な身体で容赦なく寄りかかってくるカルカの、その腕と腕との輪の中で向き直るラルス。カルカは、ようやく離れてくれると同時に、押し付けるようにして書類の束を渡してくる。
眼鏡を上下させてハスハスと息を荒げながら、カルカの視線が熱を帯びていった。
「ラルス君、これを隊長に渡してきてください! 先程、渡しそびれてしまいました」
「お、俺がですか? カルカさんが自分でというのは――」
「わたくし、このあと本営に戻りますので! まだまだ仕事、ありますので!」
「……めっちゃ酔っ払ってますよね」
「二時間位仮眠を取れば大丈夫ですっ! じゃ、お願いしますね!」
そう言ってカルカは、強引に書類を渡して言ってしまった。
夜道へ消える彼女は、一度だけ振り返って手を振り叫ぶ。
「それと、バルク君!」
「……声がでけーよ、それとバルク君はやめてって言ってるのよね……なんだぁ! まだなにかあんのか、カルカ!」
「純真なラルス君に変なこと、教えないでくださいね! ラルス君はどっちかっていうと、受け気味だけどヘタレ攻めな子なんですから! いいですね!」
「知らねーよ、まあ……今夜はこれでお開きだけどな」
呆れたようなバルクの言葉に満足して、カルカは行ってしまった。その背を見送っていると、ラルスは突然腹部にポスンと重みを感じる。
見下ろせば、小さなヨアンが抱き着いていた。
たらふく食べたせいか、昼間よりぷくぷくツヤツヤした表情が見上げてくる。
「ラルス……今日、ありがと。わたし、次は負けない」
「あ、うん。明日から同じオフューカス分遣隊の仲間、一緒に頑張りましょう!」
「うん……ラルス、またね。また明日」
腰回りが痛くなるほど、ぎゅーっとヨアンはラルスを抱き締めてきた。そして
あっという間にヨアンの
「おーおー、
「は、はいっ! 今日はありがとうございました!」
「なーに、昼間の入団試験で小遣いも稼げたしな。ったく、血は争えねえよなあ……ほんじゃ。ちゃんと寝ろよ、明日から忙しいからな!」
それだけ言って、バルクは振り返りもせず去ってゆく。
こうしてラルスは、宿で寝る前に一仕事することになった。
それは、彼にとっての波乱の初仕事の幕開けだった。
※
そして、時間は現在のラルスへと戻ってくる。
彼は今、書類を手に彷徨っていた。
一応、おおまかな地図が
妙にこなれたイラスト付きで、カルカが書き記したものだ。
だが、今日王都に出てきたばかりのラルスは、先程から四苦八苦である。土地勘が全く無く、地図を頼りに同じ場所を行ったり来たり。
右手にはずっと、高い
見えてきた門の前では。男女が抱き合っている。
ささやきあう声が、嫌でもラルスの耳に入ってきてしまう。
「次はいつ
「
ラルスの視線にも気付かず、二人は
ラルスに向き直った女性は、やや年かさのとても美しい御婦人だった。妙齢と言っても差し支えない、
その彼女が、目を丸くしているラルスに声をかけてきた。
「あら、そこのキミ……なにか御用? さっきからこの辺りをウロウロしてるみたいだけど」
「えっ、あ、えと……どうも、こっ、こんばんは!」
「はい、こんばんは。ふふ……ずっと寝室から見てて気になってたのよ? こんなカワイイ子が夜の
「す、すみません。あ、この辺りにベルトールさんという方の御屋敷があるかと思うんですが……」
目の前の女性は「あら」と驚きに口を開いて、その
うぶなラルスがどきどきするくらいに、その笑顔は美しかった。
「ベルトールはアタシの家よ? ここ、この屋敷がそう」
「えっ!? こ、これが? 全部?」
「ええ。こう見えてもアタシ、若い頃はバリバリ稼いだもの。ふふ、今はただのオバサンだけどネ」
そううそぶいて、また違う表情で笑う。確か名は、エーリルと呼ばれていた。あどけない童女のように笑うかと思えば、先程は毒婦のように含みをもたせて微笑んでいた。その笑みが鼻先に近づいてくる。
「ええと……こ、これを、リンナ隊長に」
「あら? キミ、ちょっと……まあ! 似てるわ、超似てる……あ、うちの娘に用事なのね?」
思わず動揺に、ラルスの言葉を失った。
気にせず両手でラルスの顔を挟み込んだエーリルは、まじまじと見詰めてからようやく離れた。
「ま、とにかく上がって頂戴」
「いえ、夜も遅いですし。これを渡していただければ」
「いーから、いーからっ! ほら、若い子が遠慮しないのっ!」
やや強引に、エーリルはラルスの手を引き屋敷へと
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