第7話「レッツ、呑みニケーション!」

 すぐに酒が運ばれ、テーブルの上を料理の皿が占領した。

 乾杯の音頭おんどを取る頃には、渋々カルカも書類を片付ける。

 ラルスの手にも、豊穣ほうじょうの金色を満たしたジョッキが泡立っている。


「……本当に、飲むんだ。ビール……ええい、アゲていけっ、ラルス・マーケン!」


 自分をふるい立たせて、一口飲む。

 冷たい苦味と一緒に、喉越し爽やかな清涼感が真っ直ぐ落ちてゆく。

 バルクはカルカと大きなジョッキで同じビールを飲んでたし、ヨアンは牛乳のグラスを手にしている。リンナは脚の長いワイングラスを、静かに傾けていた。

 ほっそりとした喉が、その内側に酒精を招く姿を思わず見詰めてしまう。


「あの、リンナ隊長。えっと、お酒は」

「少しなら。王都では一応、十六歳から一人前扱いで飲酒が認められています」


 オフューカス分遣隊を束ねて率いる少女は、ラルスより二つ年上だった。その黒目がちな双眸そうぼうは今、星海せいかいたたえたようにうるんでいる。

 そんな中、リンナは思い出したようにテーブルの仲間を見渡し喋り出す。


「一応私からも紹介しておきますね。新たに我がオフューカス分遣隊のメンバーとなった、ヨアン・ヨアン。そして、ラルス・マーケンです」


 ヨアンについては、すでに有名人らしく紹介は必要最低限だ。ヨアンの方からも「……よろ、しく」と、ぶっきらぼうな言葉があっただけである。彼女はいまだに契約騎士という立場だが、それについてもリンナが現在交渉中とのことだ。


「それと、今日付けで入団したラルス・マーケン……こちらも御存知ですね? 少年、一言お願いします」

「あ、はい。えっと、今日からお世話になります! よろしくお願いします!」


 席を立ったラルスは、深々と一同に頭を下げた。

 まばらな拍手の中で再び座れば、既にバルクが二杯目の注文をするべく店員を呼んでいる。カルカは自分の食事はそっちのけで、皆に料理を取り分け配っていた。

 そんな中、リンナの言葉は続く。


「あちらが副長のバルク・バンホーテン。そして正騎士のカルカ・リンテです」

「俺からはいいよな? ボウズ。ま、よろしく頼む……おーい! ねえちゃん、こっちだこっち! ……あーあ、いっちまいやがった」


 空のジョッキを振り上げながら、バルクは後ろを向いてしまった。

 そんな彼とは裏腹に、カルカが眼鏡の奥で眦を下げて微笑む。


「はじめまして、ラルス君。よろしくお願いしますわ。わたくしと共に、オフューカス分遣隊のため、ゾディアック黒騎士団のために頑張りましょう」

「は、はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします」

「ふふ、若くて元気な新入りさんですね。明日からみっちり教えてあげますわ……お仕事のアレコレを。うふふふふ……」


 なんだか様子が変だ。

 このカルカという女性、どうも掴みどころがない。酒場に来てまで仕事をし、その最中は温厚そうな今とは別人の雰囲気だった。

 ヨアンに肉や野菜を取り分けてやるカルカを見ていると、耳元でバルクがささやいてくる。


「おう、ボウズ。気をつけろよ……カルカの奴は仕事人間、ワーカーホリックだからな。誰が言ったか、あだ名は団畜だんちくだ」

「団畜とは……?」

「とにかくもう、騎士団のためにどんな仕事でもやんだよ。前はカプリコーン支隊にいたんだが、ちょいと仕事ができすぎる……そして、やりすぎる」


 それは、ラルスにはとても素晴らしいことのように思えたが、そんな話と手酷いネーミングが繋がらない。団畜、つまり騎士団の家畜という意味だろうか? 身を個にして献身的に働く女性に、それは失礼な気もした。

 そうこうしていると、ラルスの前にも料理を盛り付けた皿が差し出された。


「どうぞ、ラルス君。うーんと食べてくださいね? 仕事は身体が資本ですから。いいですか、使? 一生働けるんです!」

「は、はい。どうも」


 皿を受け取り、漠然とだがラルスはわかった。

 カルカのタレ目気味な瞳は、その奥に輝きが全く無い。まるでよどんだ闇のように死んだ目だ。顔は笑顔だが、どこかうつろなのはそのせいだ。

 肩にポンと手を置いて、バルクは話題を変え、リンナについて多少触れてくる。


「さて、最後は我らがリンナ・ベルトール隊長だ。容姿端麗、文武両道、常闇の騎士ムーンレスナイトに最年少で任命されたゾディアック黒騎士団のエース騎士だ。ですよね? 隊長!」

「副長、その、ちょっと……恥ずかしい、です」

「因みにラルス、隊長は嫌がってるが一応言っとく。一度だけ教えるから、今後この話題には触れないよーに。詮索したらおじさん、怒っちゃうよ? マジで。わりとマジで」


 一瞬、笑顔のままでバルクが視線を鋭くした。

 それは、一種の殺気のような緊張感をラルスへ注いでくる。それもわずか一秒にも満たぬ時間で、再び笑顔に戻って彼は話し出した。


「隊長の母上は、かつてのパイシーズ支隊隊長、フレナ・ベルトール女史だ。強かったんだぞー? 不良騎士と呼ばれた俺たちの紅一点こういってん、上層部の受けは悪かったが誰よりも勇敢で気高く、利発的で思慮深かった。みんな憧れたもんさ」

「副長、その話は、もう……勘弁してください」

「はは、すみませんね隊長! ……まぁ、俺もハインツも、当時はれてたさ。勿論もちろん、アルスも……お前さんの親父さんもな」


 意外な話しを聞いて、ラルスは目を見開く。

 今日は父の過去に驚いてばかりだ。

 かつて父は、この王都でゾディアック黒騎士団の一員だった。

 不義密通による、不名誉な退団をしたとも伝えられた。

 信じられないし、信じたくもない父の過去。

 それは多くの者にとって事実かもしれないが、真実は違うような気がした。

 そのことを裏付けるように、リンナが言葉を選んでくれる。


「少年の父君は立派な騎士だったそうです。そう、母から何度も聞かされました。父君のことをざまに言う者は、団内に後を絶たないでしょう……しかし、今は耐えてください。軽はずみな言動は、父君の不名誉を裏付けることになってしまいます」

「は、はい……その、昼は、すみません」

「私も偉大な母を持ったゆえに、影ではあまりよく思われていません。しかし、子は親を選べぬもの……そして、子を産む選択をしてくれたのもまた親です。大事に思う気持ちがあるなら、耐え忍んで名誉回復の機会を待ちましょう」


 ラルスにとって嬉しい言葉だった。

 同時に、リンナへの尊敬の念が強くなる。

 そう強く感じたら嬉しくて、表情が緩んでしまったらしい。

 バルクが眉をひそめて嫌な顔をした。


「おーおー、にやけちゃって……やだねえ、ファザコン達はこれだから」

「ファザコン、達? 達、とは……あ! おっ、俺はファザコンじゃないですって! 単に父さんを尊敬してるだけです。父さんのような立派な騎士に憧れてるだけですから!」

「それをファザコンて言うんだろう? ねえ、隊長。っと、きたきた。おーい、ねえちゃん! こっちだー!」


 小柄な店員が、銀のトレーを手に駆けてくる。

 リンナはついと視線をそらして、あぐあぐと夢中で料理を食べているヨアンの頬を拭う。ソースをナプキンで拭き取る、その横顔は相変わらずの無表情だ。だが、心なしか優しげに見えて、ラルスも自然とほおがほころぶ。

 その時、不意に意外な声が響いた。


「あんれま! おめさ、今朝の騎士さんでねーが!」


 独特ななまりの声がして、振り向くラルスも「あっ!」と驚きに立ち上がる。

 そこには、今朝方助けた褐色かっしょくの少女が立っていた。

 エプロン姿の彼女は、パァァ! とラルスを見るなり満面の笑みを広げてゆく。


「今朝ぁ、お礼を言いそびれたんだあ! したけど、会えていがったぁ……これも日頃の行いがいいからだっぺな。オラぁ、ヌイってんだ。村では、働き者のヌイとか、親孝行のヌイとかいわれるだ!」

「俺はラルス、ラルス・マーケン。ヌイさん、お礼をいうなら隊長に――」

「やめてけろぉ! ヌイさんて呼ばれたら、尻穴がむず痒くなるべ? ヌイでいいさ」

「う、うん……ヌイ、今朝助けてくれた方が、今日から俺の隊長なんだ」


 ラルスが振り向くと、リンナはこちらに向き直る。ヨアンに自分の分も料理を差し出すと、彼女は立ち上がった。


「今朝の城門前の方ですね? 無事でなによりです。王都には不届きな輩も少なからず存在しますので、気をつけてください」

「おお! 今朝の! ありがてえ話だなあ、こったら立派な騎士さんが守ってくれて。オラ、やっぱり王都さ出てきてよかっただ。仕事もほれ、見つかったしなあ」


 エプロンの両端を摘んで見せて、ヌイはその場でくるりと回ってみせる。

 周囲の客からは、口笛や喝采かっさいが巻き上がった。

 照れて手を振りながらも、ヌイは注文を取り出した。


「ビールが二つ、それとワインもだべか? うし、わかっただ。待っててけろ、今朝のお礼にうんとオマケしてもらうからな! ラルス、リンナさんも、皆さんも。くつろいでってけろ」


 満面の笑みでヌイは、空の食器をトレイに載せて言ってしまった。

 その小さな背中が少し危なっかしくて、そして健気に見えて応援したくなる。

 そう思っていると、じっと見詰める視線を感じた。

 グラスを手に、リンナがラルスへ真っ直ぐ眼差しを注いでいた。彼女は赤く上気した頬で、ラルスが気付いても見詰め続ける。

 そして、意外な言葉を紡いできた。


「……似てる……の、でしょうか」

「えっ? 隊長、なにがですか?」

「あ、いえ! なんでも、ない、です。……その、少年は父親似なのですか?」

「あー、そうですね。村では似たもの親子って言われてましたけど」

「そうですか……はい、ええ! 特に深い意味はありません! さあ、食べてください。少年、王都の料理が口に合えばいいんですけども」

「たっ、隊長! いいですよ、自分で取り分けますから。隊長をそんなふうに使うなんて」

「すっ、好きでやってます。あ、いえ! 好きとはそういう意味では、なくて」


 何故かわたわたと、リンナが大皿のトングに手を伸ばす。空いていた皿へと料理を分け始めた彼女を、慌ててラルスは止めようとした。

 そして、思わずラルスの手が彼女の手に触れる。

 トングを取り上げようとして、ラルスはリンナと一緒に固まった。

 ヨアンはまだ夢中で肉、肉、そして肉と食べ続けている。

 カルカはバルクを相手に愚痴ぐちを零してぐずっていた。

 この大衆の中で、二人は二人きりだった。


「す、すみません! じゃ、じゃあ……もう少しだけ、食べます。と、父さんも言ってましたから! 厚意を受けるのも、また厚意だって」

「こっ、ここ、好意!? あ、いや、会った時からたしかに私は……いいえ! これも違い、ますね。でも、好意を受けるのも、また好意。素敵な、言葉です」


 そう言ってリンナは、少しだけつぼみのような唇を和らげる。

 モノクロームの少女騎士は今、耳まで真っ赤になっていた。

 それをラルスは、酒気が招いた酔いだとしか思えなかった。

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