cap.6

今日三本目のタバコに火をつける。

タバコはなるべく重たいのがいい。音楽もそうだ。RADWIMPSの揶揄やへっくしゅん、スガシカオのsweet babyやあなたひとりだけ幸せになることは 許されないのよ、KOHHみたいな重いやつ。

吐き出してた紫煙を見つめる。美希が嫌な顔をしていたが無視する。

しばらく宙に浮かんで、やがて溶け込むように消えていく。

人生には例えられまい。人間は生まれた瞬間に誰かと関わることを強制される。

一人では生きられないのに、一人で生まれ一人で死ぬ。

何も残せない煙とは違う。どんな人間も何かを遺してしまう。

たとえどんな悪人でも。

「兄さん、そろそろ?」

「ああ」

目の前にはMacbookが二台に、iPhoneが3台。どれも中古で購入したものだ。

世の中には自分の経歴、信用しか売れない底辺の更に底に住む人間たちがいる。

彼らは自分に残った信用を金に変えることでしか生活できない。そういう人間たちは時として悪用されることになる。僕みたいな悪人に。

決して安くない金額で購入したこれらのハイテク機器たちがこの後完全に破壊され破棄されるという運命を辿ると思うと、どうしようもない遣瀬なさを覚える。

「それにしても今回のはまたやり方がえぐいね。下手したら自殺しちゃうかもよ?」

「それは俺には関係ないよ。死ぬのはそいつ本人が弱いからということに他ならない。現にwinnyで個人情報が流出した奴らはまだ図太く生きてるぜ」

「図太くというか、生きていくしかないから生きているだけでしょ。実際問題、人間はどんなに行き詰まったところで生きていくしかないんだって。そうポンポン自殺してたらこの世に貧困層なんて存在してないよ」

そうかもしれない。兄弟だからか思考が似ている。

「お酒はいいの?」

「今日はいい。なんだか飲む気になれない」

午後8時。そろそろやるか。

遠くで祭りの音が聞こえる。

あと一週間くらいしたら夏休みが始まるのかな。

どうでもいいことを考えて、一斉に電源をつけた。


❇︎     ❇︎     ❇︎


個人撮影、流出、素人、レズ。

iPhoneの画面に踊るそんな単語が、ここ数日でひどく身近なものになってしまった。

午前10時。学校に行かなくなって五日目。家はおろか部屋からも一歩も出ていない。

今週の月曜日、私はあと一週間で夏休みという事実に少し浮ついていた。

何も変わらない朝だと、そう思っていた。

教室のドアを開けると、数人のクラスメイトが私を凝視してきた。

女子は軽蔑の、男子は好色の目線を私に送る。

最初は気のせいだと思っていた。

先に来ていたのは数人だったし、そこまで話したことのある人たちでもなかったからだ。

でも違った。私の知らないところで、何か決定的な事件が進行していることを、私はまだ知らなかった。

ホームルームが近づくにつれて、クラスメイトが増えていく。

いつもは挨拶してくれる友達も、なぜか今日だけは挨拶してくれなかった。

侮蔑を込めた目線を向けられているような錯覚。いや違う、錯覚じゃなかった。

彩月は学校に来なかった。


一限目が終わり、二限目が始まる前の休み時間。

私は確信した。私に関する何か重大な事件が、私の知らないところで起こったのだ。

誰も私に話しかけてくれない。

私のことを笑う声。男子の浮ついた下品な言葉。ひそひそ声。

経験したような、或いは経験させたような。机に突っ伏した頭の中で、ひたすらそんなことを考えた。


昼休みに突入した時だった。

誰かがスマートフォンで動画を流し出した。

男子数人の低い笑い声が、私をひどく不愉快にさせる。

女の子の濡れた声。嬌声と、何かをかき混ぜるような水っぽい音。

私だった。私が誰かに手を突っ込まれて、よがっているハメ撮りと呼ばれる動画。

なんで、なんでこの動画を持ってるの。なんで。なんでなんでなんでなんでなんで。

私は画面に映る私の姿を確認した瞬間、絶叫して盛大に嘔吐して、気を失った。

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