cap.4


……夢を見た。

彼女と最後に肌を合わせた、あの夜。

彼女は私が悦ぶことをなんでもしてくれた。

短い舌で私の指の間を這い、控えめな唇で耳にキスをし、貝殻のような爪で優しくなぞってくれた。

決して積極的ではない、でも愛情を十分に感じられる愛撫。

私はそれに応じる。

彼女の控えめな乳首を甘く噛み、両手を重ね、首筋に歯を立てる。

指で中をかき混ぜるたび、涙と愛液を迸らせて歓んでくれた。

もう帰らなきゃ、私がそう言うと大丈夫明日まで二人とも帰ってこないよ、そういってまた私の胸に顔を埋める。

舌が下方に移動するたび、微かな高ぶりがやがて大きなものに変わっていく。

彼女の部屋で電気もつけず、一晩中布団の中で行為に没頭した。

永遠のような一夜。刹那の快感。

途切れることのない雨音と、少しだけ冷たい六月の匂い。

二人が一つになれないが故の、それでもひとつになりたいと願うセックス。

私はあの瞬間、私は彼女のことが好きだった。

それだけは、確かなことだって思いたい。


✳︎      ✳︎        ✳︎


石森彩月という女は結局、自分というものがないのだと度々思う。

小さい頃からお姉さん役として頼られ、私もそれが嬉しくてみんなが望む私を演じた。

本当は男の子と遊びたかったのに、いつも女の子グループのリーダーになっていたから興味がないふりをした。

理由は男の子と遊ぶ石森彩月をみんなは求めてないと思ったから。

だから勉強も頑張ったし、小学生の時は地元の女子バスケットボールクラブに入ってキャプテンを務めたりもした。

みんなが望む石森彩月を演じるその瞬間だけは、自分でいられる気がした。

中学生になると背も伸び、体も少しだけ女らしくなった。

相変わらず女子のリーダー的な存在になることも多かった。中には私にリーダー以上の存在になることを求めてきた子もいた。

男子から告白されることも多かったが、圧倒的に女子が多かったと思う。

女子バスケ部に入部し、中学生二年生の時に先輩を差し置いてキャプテンになったことで告白される回数は(男女ともに)より増えた。

「彩月ちゃんといると私まで王子様になったみたい」

「男子なんかよりよっぽど格好いいし、綺麗だもの」

私と付き合った女の子たちは度々そんなことを言ってくれた。

勿論嬉しかったけれど、それは私の中の孤独を深めた。

何故そこまで他人に依存できるのだろうか。誰と付き合おうと自分は自分だし、すごい人と付き合えば自分がすごくなる訳でもないというのに。

詰まる所彼女たちは石森彩月が好きなのではなく、「かっこよく勉強もスポーツもできる」部分に惚れていたのだ。

別にわたしじゃなくても良い。

そこに気づいた瞬間私は自分が酷く孤独な存在に思えた。

だけど目を輝かせ私を慕ってくれる彼女達を裏切れない。

だから「なんでも出来る石森彩月」を崩さないことに私の中学時代は費やされた。


もっとも完全に孤独だったわけじゃない。

従兄弟のみっちゃんにだけは本当の自分を見せることが出来た。

みっちゃんはお母さんの妹の子供で、春海という可愛らしい名前の女の子だった。

人を疑うことをということを知らず、暇さえあれば私の家に遊びにきていた。

みっちゃんは私の二つ下で、さっちゃんと呼んで慕ってくれた。一人っ子だった私にも妹が出来たような気がしてよく可愛がった。

「私ね、中学生になったらバスケ部に入って、さっちゃんよりも上手くなるの」それが口癖だった。


みっちゃんは私が中学三年生の時に死んだ。海への入水自殺だった。

夏休みに突入する一週間前に行方不明になり、三日後に死体として打ち揚げられたところを発見された。

叔母さん夫婦も含め、私の両親も深く嘆き悲しんだ。

私自身あまりのショックで一週間ほど学校を休んだ記憶がある。もっとも、その頃を思い出そうとすると目の前が白く霞み、考えが止まってしまうためよく思い出せない。

線香の匂いとモノクロの葬式、啜り泣きの音だけは鮮明に覚えている。

それくらい、私にとってもショックな出来事だった。

しばらくして、みっちゃんが中学で酷いいじめにあっていたということを聞いた。

口にすることすら憚られる、壮絶ないじめを。

知らなかった。許せなかった。いじめた奴らに同じ思いを、みっちゃんと同じ苦しみと孤独と痛みと恐怖を味合わせてやりたかった。

だから。

だから、私は─────


✳︎      ✳︎        ✳︎


もうやめよう。昔のことを、死んでしまった人を思い出すのは。

ため息をひとつついて、再び目を閉じる。

今日嗅いだ煙草の匂いを、不意に思い出した。

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