cap.2
「ごめん。今日も一緒に帰れない」
六月に突入し、げんなりする梅雨の季節に突入した頃。
彩月は理由も告げず、一緒に帰ることを拒否するようになった。
他の友達数名とお昼ご飯を食べるときでも、私に話を振ってくれないし、休み時間になっても他の友達と話しているか、机に突っ伏して寝ているかで私に話しかけてくれない日々が続いた。
私はいよいよ我慢できなくなり、誰もいなくなった放課後に彩月を呼び出した。
誰もいない午後5時の教室。外で鬱陶しい雨音だけが響いている。
薄暗い教室と、遠くを見つめるように窓の方を向いている彩月。
「ねえ、彩月。私、何か嫌なことした?なんだか最近、私と話してくれないよね?」
「別に。そんなことないよ」
言いながら彼女はカバンを持って教室を出て行こうとする。
「待ってよ!」
自分で思ったより大きな声を出して、彩月の腕を掴んだ。
細くて冷たい彫刻のような感触に、微かな昂ぶりを覚える。
「……何。」
「ねえ、なんで私を無視するの。直接言ってくれないと、わからない。私、彩月がいないと……」
そこまで言って、私はとうとう泣いてしまった。まるで小学生みたいだなと自分でも思ったけど、涙はとめどなく溢れてくる。
「……ごめん、灯。もう行くね。」
号泣している私を横目で見て、彩月は行ってしまった。
雨はいっそう激しさを増し、捨てられた子犬ってこんな感じかな、なんて泣いている自分を意識の外で俯瞰しながら、そう思った。
最悪な気分のまま帰宅し、ご飯も食べずにベッドでうずくまっていた時、LINEの通知音が部屋に響いた。
まだぼやける視界が捉えたのは、彩月からのメッセージだった。
”いつものマックで待ってる。”
私たちがほぼ毎日寄っては、他愛もない話をする大切な場所。
そこで待っててくれているという事実に、胸が少しだけ熱くなる。
私は土砂降りの中、傘もささずに家を飛び出した。
彩月は私たちがいつも使う席で、コーヒーを片手に窓を見つめていた。
まだ制服のままだった。
ずぶ濡れになった私の姿を見ると、少し驚いたような顔になって、
「とりあえず、体拭きなよ」
そう言いながら少し笑って、タオルを貸してくれた。
最近見れていなかった彩月の笑顔に、心が暖かくなった。
彩月と同じコーヒーを頼み、体を温めて数分経った頃。
「私ね、灯に言わなくちゃいけないことがあるの。」
いつになく真剣な顔で見つめられ、少し緊張する。
「灯のことが好きなの。」
その言葉を聞いて、心臓が高鳴り、そして安堵とも達成感ともつかぬ暖かい感情が、全身を駆け巡る。
「私も彩月のこと、大好きだよ。今までの友達の中で、一番好き。」
「ううん、私の好きはそういうのじゃないの。……本当に、心の底から好きなの。愛しているの。こんなのっておかしいじゃん。だから、この気持ちを伝えられないもどかしさで意地悪しちゃってたの。本当にごめん。」
今まで見たことがないくらい、彩月の顔は真っ赤だった。耳まで赤く染まり、瞳が少し潤んでいる。
「それって、恋人に対する好き……てことなのかな」
「うん。だから、灯、私と付き合ってほしい。」
いきなりの告白に、私は驚いた。
私は抑えきれない感情を隠しながら、小さく頷くのが精一杯だった。
まさか両思いだったなんて、その時はまだ言えなかったのだ。
それからの日々は、本当に幸せだった。
私たちはみんなに内緒で付き合うことにした。
登下校も、お昼ご飯の時も、体育の時も、ずっと一緒。
周りの友達からはよく「付き合ってるの?」なんてからかわれた。
初めてキスをしたのは、駅のホーム。
二人で新宿に遊びに行った帰り、電車を待っている会話の途中で、彩月は不意に真剣な眼差しになって、私を見つめた。
顔を近づけてきた彩月の唇に、私は少しだけ背伸びをして、軽く触れ合った。
周りの喧騒なんか耳に入らなかった。あの瞬間、世界には確かに私たち二人しかいなかった。
お互い初めて、しかも女の子同士ということで、やっぱり最初は緊張した。
でも、彩月の指はしなやかで細くて冷たくて、それでいて優しかった。
彼女の舌が私の皮膚を這う時、私の身体は歓喜に震え、優しく抱き寄せられキスされる度、私は何度でも熱くなった。
授業の合間に、隠れて二人でキスをした。
彩月が隣にいてさえくれれば、もう何もいらなかった。
そう思っていた。
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