7.小刀丸(2)
「ふむ、しかしドラゴンテラスは星流湖と目と鼻の先、ここからでもそう遠くはないはずじゃが、異形のものがそこまで侵入したという報告はなかったぞ」
「ええ、私が異形化してしまったのはセントラルアルプです。元々、生まれも育ちもドラゴンテラスなのですが、修行のため、そして見聞を広めるためノースアルプを離れセントラルアルプにあるダルドレイという都市におりました」
「ダルドレイ、空山(そらやま)の東に位置する鉱物で有名な都市じゃな?」
「はい、よくご存知で。そちらにカタナマル師匠がお若い時に同じく修行をされた工房があり、腕を磨くため三年近くは住んでいました。私はそちらの預かり先の首長ケンシン様からコガタナマルという愛称で呼んでいただき、可愛がっていただきました。ダルドレイは別名“砂塵の鉱国“と呼ばれるほど都市の大部分が砂で覆われた街です。とても巨大で、猫も多く、行商猫、旅猫の行き交うにぎやかで開かれた都市でした。丸三年をそこで過ごしたのち、故郷ドラゴンテラスに戻り、またカタナマル様の元で働くつもりでした。ところがある日」
小刀丸(コガタナマル)ことサクベイはここで言葉を詰まらせた。
シェルストレームはこのアッシュグレーの職人猫の話に吸い込まれるように聞き入っていたが「異形のものの来襲というわけか」としわがれた声でサクベイの言葉尻につぶやきを被せた。
「タイミング的にはマルキーニャスも帰国の途についた少し後の話かもしれぬな。異形化の進度は思ったよりも深刻なようじゃ、かなり北上しつつあると見た」
導きの職掌スピカ・ゼニス・ラマラウが次いでそう言うと、サクベイがまた語りだした。
「はい、その、私も詳しいことはわかりませんがサウスアルプの国々、ブレーメン共和国や、ウォルナットが大変なことになっているという噂は耳にしていました。そしてついにはセントラルアルプのレスプランドールやキャットシャトーといった南部の国々にも異形のものというものの脅威が広がっているという話も。しかし、まさかダルドレイが夜襲に遭うとは、ダルドレイはご存知のようにセントラルアルプでも中央部の都市ですから」
セントラルアルプはノースアルプよりもわずかに面積は小さいが中央部に
「うむ、もしかすると別の意図があったのかもしれん。してその夜襲を受けてのち、意識を失くし、気が付けばマタタビスタにというわけか?」
スピカが促す、
「はい、そうなのです。といっても自分が心と身体を何者かに支配されている間、全感覚が麻痺してしまっているというわけではありませんでした。全く自分の意思では動くことはできないけれども、心の隅っこに自分はいる。極々小さな小さな、吹いたら消えてしまうろうそくの灯のような意識、悪夢の中で必死に自分をコントロールしようともがいているような、淡く淡くどうすることもできない自我でしたがね」
サクベイは続ける。
「ここがマタタビスタなのだということは、目覚めてから知りましたが、集団で一方向にかけている映像はいまも脳裏に残っています。そしてあの青い巨大な光の矢も。光の中に吸い込まれていくときの言いようのない心地よさ、目覚めていこうとする意識の中で、私は死に向かっているのだなと感じました。おそらくこちらの病院に運ばれた異形のもの、異形化してしまった猫たちも同じような感覚だったろうと思います」
「うーむ、エーテル研究の行程においても、数例の異形のものの浄化をしておるが、まさしくそなたと同じような感覚の中で復活を果たしておるのじゃ、しかし自分が異形化してしまったときのその瞬間のことを覚えている者はおらなんだ」
「そう、でしたか。あなた様が私を闇の中から救って下さったのですね。ありがとうございました。ありがとうございました」
サクベイの瞳はわずかに潤んでいる。
「いやいや、私だけの功績ではない。奴らにさらわれてしまったキュウという同胞の献身によるものなのじゃ、どうか他の入院者にもそのことは機会があれば話していただきたい。ところで、サクベイ殿、いやコガタナマル殿と呼ぶべきかな?」
「あ、宜しければコガタナマルとお呼び下さい。すっかり染みついてしまいました。そして師の名の名残が感じられる」
「うむ、それではコガタナマル殿。そなたは師カタナマル同様、刀も鍛え上げることができるのかな?」
小刀丸はライトグリーンの澄んだ瞳で学者猫を真っ直ぐに見つめるとコクリとうなずいた。
「はい、すみませんが先ほどお話されていたことは聞いてしまいました。隕石を鍛えて刀を作るとか?私を悪夢から救ってくれたパワーを持つ物質から刀を作るということですよね?やります。いや、やらせて下さい。協力させて下さい!」
力強い小刀丸の言葉はこの場にいた猫たちの胸に希望の風を吹かせた。
シェルストレームは病室での僥倖に疲労感も一気に吹き飛び、昂ぶりで思わず歓声を上げた。
「おお、そうかそうか、何ということじゃ。ありがたい。ありがたい。そなたの師の訃報を受け、そして今はドラゴンテラスにも腕の立つ刀鍛冶はいないという事実に直面し、どうしたものかと頭を抱えておったのじゃ」
ありがたい、ありがたいと繰り返すシェルストレーム。その横顔に久しぶりの笑みを見たブエナは嬉しくなり、自慢のハイトーンでアッシュグレーの刀鍛冶猫に重ねてお礼をした。
「コガタナマル様!ありがとうございます!いま、みんなが頑張ってシリウスを採りに行っています。よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げる元気娘、小刀丸は驚き、そして恐縮するような気持ちだったが、
「あ、はい。頑張ります。有無を言わさず心と身体を乗っ取り、奪い、意思を殺す許しがたき魔を断ちましょう」
と答えた。
バル・カンはにっかりとほほえむと、
「あー、よかたね、よかたね。いい方向に行きそうでよかたね。コガタナさんにもおいしいもの食べてもらわないとね」
とお決まりのセリフを言うので、
「もうー、またそれなんだから。早くケガを治してください」
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とブエナは呆れ顔、病室は温かい雰囲気に包まれた。
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