7.小刀丸(1)
7 小刀丸
「大丈夫、大丈夫。ただ思ったより衝撃強かったね。それと私も歳ね」
バル・カンの居る病室へと見舞いに訪れたスピカ・ゼニス・ラマラウとシェルストレーム。病室には娘のブエナも来ていた。
「みんな元気に出発した?」
「ああ、ウオッチとともにな。それぞれの心に爪あとを残す昨日の出来事じゃったが、もう前を向いておるよ。強い子たちじゃ」
センター長が答える。
「よかた、コウさんにも帰ってきたら、また美味しいもの食べさせたいね」
にっかりと微笑みながらバル・カンが言うので、
「もう料理長ったらそればっかり」と笑うブエナ。
厨房での呼び名が抜けない彼女にスピカは、
「こんなときぐらいお父さんと呼んでもよいのじゃぞ」
と声をかけてみたが、バル・カンはまあどちらでもいいという様子、
「ははは、そうねそうねブエナ、いやー、それにしてもコウさんのたべっぷりをちらっと見たけど、あんなにおいしそに食べるね、うれしかたね」
「ふふふ、そうねー。とにかくみんな無事に帰ってきてほしいな」
厨房という戦場を離れて、幾分かいつもより親子らしい様子の二匹のやりとりを見て、かすかに心温まるものを感じるスピカだった。
「ところで」
ベッドサイドに腰かけて会話をしていた料理長は居直り、シェルストレームに話しかける。
「シリウス、コウさん取ってきてくれたらすっごいブレード作るんだよね?誰が作るの?」
シェルストレームは疲労が浮かぶ表情に一層の困惑を乗せたような様子で、
「うむ、そうじゃ。そうなんじゃ、実はちと問題があっての」
と答えた。
「問題?」
「うむ、エーテルブレードはいわば気流の刃、シリウスから抽出したエーテルをつかの部分から波動として放出している装置、つまりエネルギーを凝縮し、つかから放出しているにすぎん。それ故、一定量・一定時間しか武器としての効力をなさぬ。それ故、エーテルの充填が必要になる。それは皆も知っておることであろう。しかし、今回我々が作ろうとしている魔断刀シリウスは実体を伴う本物の刀。エーテルの生みの親、いやエーテルそのものというべきか、その隕石シリウスをそのまま刀とするもの。当然、研ぎ澄まされた仕事が必要になる。それも究極のな」
「究極の仕事ね、でもそんな刀鍛冶この国いたの?」
「いや、マタタビスタにはそもそもそのような職人はおらぬのじゃ」
「そよね、私の包丁ですらドラゴンテラスからいつも仕入れてるもんねー」
マタタビスタには魚市場はあっても、刃物を作り出す産業はなく、隣町のドラゴンテラスから仕入れるというのが常だった。
「うむ、そのドラゴンテラスに名匠がいてな、調理包丁やカツオ削り器の他に、真剣を鍛えられるカタナマル氏という職人に実はこの件については依頼をしておったのじゃ」
「カタナマルさんて名前はブエナでも聞いたことあります!確か厨房で使っている包丁にも刻印が入っていたような」
「うむ刀という漢字を円で囲ってカタナマル、工房カタナマルはドラゴンテラスでも指折りの刃物メーカーじゃ。しかし、そのカタナマル様が今朝ほど亡くなられたと連絡があってな」
「えっ?」
ブエナはセンター長とシェルストレームの今朝の重たい雰囲気を思い返した。あれはキュウが誘拐されたということだけに起因するものではなかったらしいことを悟る。
ガバッ、突然間仕切りのカーテンの向こう側から音がする。
完全な個室ではない六匹部屋の個室、窓際のバル・カンの向かい、もう一つの窓際のベッドから声がした。
「カタナマル様が!」
驚く面々、顔を見合わせる。
すると、数拍ののち、ガサゴソと衣擦れの音がしたかと思うとカーテン越しに、
「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが」とこちらに話しかけてくる同室の猫。
ブエナは目を丸くしたままそろりと間仕切りを引いた。
その向こう側に立っていたのは、まるで見たことのない猫だった。
アッシュグレーの毛並みに、ライトグリーンの瞳は美しく、体格はがっちりとしている。
「どちら様かな?」
スピカが落ち着いた調子で問う。
その猫はぺこりと頭を下げると、初めて名前を名乗った。
「す、すみません、動揺してしまい。私はサクベイと申します。カタナマル様は私の師でございます」
「なんと、それは真か?いや、しかしこの度は大変残念であった。なんと申し上げればよいか、遣いの猫によれば、眠るように亡くなられたということであったが」
シェルストレームは名匠カタナマルの弟子と名乗る猫の登場に驚いていた。
「はい、だいぶお歳を召されてらっしゃいましたから、天寿を全うされたものと思います」
とここでバル・カンが口を開いた。
「あなたのお師匠いいもの作った。ドラゴンテラスから届く包丁、他にも色々お世話なった。でもあなたどうしてここにいるの?」
「あ、はい。実は、ほとんど気が付いたらという言い方が正しいかと思われますが、私自身が私自身ではなくなってしまっていました。つまり異形のものとなってしまっていたのです」
「ええ!」
驚きの声を上げたのはブエナ。
スピカ・ゼニス・ラマラウは動じない。先を促す。
「ふむ、そうであったか異形化の被害者というわけじゃな」
「はい、そうなのです」
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