6.暗闇トンネル(4)

「この子たちは星くず族?」


シュウが問う。


「そうそう、星くずさん特有の青毛よねー。赤服君がホノオ、白服君がスノウ。いつもこの暗闇トンネルで遊んでんのさ。だけど、いつも出てくるまでわからない。気配を消すのがすっごく上手でさー」


ウオッチは楽しそうにそう答えると、ガサゴソと自分のショルダーバッグから弁当箱を取り出し、二匹におにぎりを一つずつ差し出した。


「ほらよ!食べなホノオ、スノウ」


 青猫達は目を輝かせ、


「ひっひーありがとう、ウオッチ兄ちゃん」


「ふんふん、ありがとう」


と言うと軽くおじぎをしてからそれを受け取り、ガツガツ食べ始めた。その様子を見ていたトワイライトは釈然としないようで、


「なんだよ、俺には手荒い真似をしてきたくせに!」


とぼやいた。シュウとコウは笑った。


「トワっち、あれはあいつらなりの歓迎よー、俺は何度も会ってるしさ、まああの手この手で飼い慣らしてるからさ、ははは」


 ホノオとスノウ、青色の星くず族の二匹はあったいう間に食べ終えると、


「ウオッチ兄ちゃんには後で星流まんを食べさせたるき」


「させたるき!」


などと言うと、ちょこちょこと前方へと歩み始めた。

 思わぬ形で星くず族との初対面を果たした一行も、「んじゃ、いこっかー」というウオッチの一声を合図に一休みを終え再び歩み始めることとなった。

 前方の二匹も集落へ戻るところなのだろうか、どうやら進む方向は一緒らしい。何かを楽しそうに話しながら、ちらちらと時折こちらを振り返りながら小躍りするように歩いている。


 ほどなくして、二匹が突然立ち止まった。赤服のホノオが話しかけてくる。


「兄ちゃんさー、今日はいつものごっつい猫さん達とは違うメンバーなのね」


ウオッチが答える。


「そうそう、族長たちには話してたんだけど、今日はこのコウちゃんがセイメイ湖に飛び込んででっかいシリウスを引き上げるために来たのよ」


すると白服のスノウは、


「ほえー、なんか見たことない動物だと思ったけど、そのひょろっとしたのが救世主様ってやつ?」と言った。


どうやらウオッチが言っていたように、自分たちの来訪は大方の星くずの民にとって周知の事実であるらしい。


(見たことないひょろっとした動物って)


 マタタビスタの民とは異なり、人間というものを彼らは知らないようだ。未確認生物のような扱いに、コウは不思議とおかしみを感じた。トワイライトに対してのように急に飛びかかられたりするのでなくてよかった。おにぎりを頬張ったりしていなくてよかった。


「そうそう、なんだ皆知ってんだねー」


「知ってるも何もフブキの族長、ここんとこそればっかしだもんねー。近々セイメイ湖を完璧に綺麗にしてくれる救世主様がいらっしゃるてさ」


と答えたのはホノオ。スノウも、


「ふんふん、いらっしゃるってさー」と調子を合わせた後で、


「にしてもなんだかどんくさそうな動物だね、何ていう生き物なの?」


とコウとウオッチの顔を交互に見ながら尋ねた。おそらく悪気はないのだろうが、ひょろっとしたはいいとして、「どんくさそう」と面と向かって言われてはさすがにちょっと腹が立つ。ウオッチとトワイライトはおかしそうに笑ったが、シュウは申し訳なさそうにこちらを見て、


「すみませんコウ様」と言った。その言葉に気を取り直して、


「はは、シュウが謝ることはないよ。ホノオ君、スノウ君。はじめまして僕は人間、ヒトとも言う。どんくさそうとは失礼だな」


と言うと、


「うわっ、しゃべった!」


と驚く。トワイライトはまだおかしそうにしているので、コウはまた片腹をくすぐってやった。


「ひゃはははは、やめろコウ、くすぐった気持ちいい」


「くすぐったいのか、気持ちいいのかどっちだこのやろう」


嬉しそうな表情の白猫剣士を見て、段々とトワイライトいじりが楽しくなってきているコウ。


 様子を見ていたホノオとスノウも、


「ひっひっ楽しそうだな」などと笑った。


「ちょっと異世界から来てもらったのよー、コウちゃん泳ぎが得意なのよ」


ウオッチが二匹に説明する。


「へー、そんでね」とホノオ。


「ふーん、どんくさそうなのにね」とスノウ。


「そうそう、どんくさそうなのに」とウオッチはいたずらっぽいにやつき顔でコウをみるので、


「まったくウオッチ君まで!帰る!」


とコウは叫んだ。ここに来て二度目のそんなやりとりも、なぜだか猫にいじられてしまうことも、何だか面白いと感じているコウだったが、


「コウ様、ごめんなさい、代わりにお詫び申し上げます。ごめんなさい」


とシュウだけは必死の形相でコウの手を取り引き止めようとするので、コウはふふと笑って、


「大丈夫だよシュウ、冗談冗談」


と笑顔でうなずいてみせた。




「そんなら本日は特別にスーパーショートカットコースを教えちゃおうか!」


ホノオがここでいきなり大きな声を出した。


「教えちゃおうか!人間さんもひとっ飛びの」


とスノウも楽しそうに言うのだが、ニンゲンさんのイントネーションはインゲン豆のインゲンと同じものだった。


「スーパーショートカット?」


思わず問い返すコウ。ウオッチはさらに驚いた様子で、


「えっ、そんなのあるのー?初めて聞いたしー」


と目を丸くしている。


「ひっひー、初めて言ったし!オイラ達の秘密の遊び場だもんね」


「ふんふん、だもんねー」


「はらはら、どきどき、びゅんびゅん、ぎゅんぎゅん、結構面白いよ兄ちゃん、ニンゲンさんがこれからセイメイ湖に潜るとかいうなら、体力温存、これ鉄則でしょ?なあスノウ」


「鉄則でしょ?なあホノオ兄ちゃん」


毎度のように赤服ホノオの言葉を繰り返す白服スノウは弟なのだろうか、背格好は同じくらいだが顔はそっくりだ。


「だってさコウちゃん。よかったねー」


「う、うん。ありがとう。そういうことなら」


と簡単に彼らの提案を受け入れてしまったコウだったが、まさかこの後身も凍るような恐怖体験をすることになるなど思いもしなかった。


「ひゃっほー、何それめっちゃ楽しそうじゃん。ラッキーだなコウ」


とはしゃぐトワイライト、不安げにこちらを見つめてくるシュウ。二匹を見比べながら、いよいよそのときが近づきつつあることの実感も高まりつつあるコウだった。

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