6.暗闇トンネル(3)
ここでコウは他愛ない会話であるかのような雰囲気で、気になっていたことの一つを尋ねてみる。
「シュウは最初に会ったとき、漢字ですと郷愁の愁ですってたしか言ってたよね?ってことは君たちの世界でも漢字が使われているってことなのかな?」
「あったり前だろ」と応じたのはトワイライトだった。
「ここは日本だぞコウ、漢字、ひらがな、カタカナはマストじゃんか、あっ英語使っちゃった」
「えっ?えっ?えっ?日本?地球だって話はしてたけど、日本ってことで間違いないの?」
「そうよーコウちゃん、みんな日本語話してるでしょ?バル・カンさんとかは外来系だからちょっと言葉遣い怪しいけどねー、子供の頃からマタタビスタで育ったブエナなんかはバッチグーでしょー?」
確かに自分の言葉が通じるということは、日本である可能性は否定できないとは思っていたが、あっさりと肯定されて思考が追いつかないコウ。
「日本であって、地球であるのに、なぜヒトはいないの?君たちのように二足歩行で歩き、僕と同じ言葉をしゃべる猫はたくさんいるのに」
「それは」
トワイライトは何か言いかけたが、
「うーん、俺にはうまく説明できない」
と、すがるようにシュウを見つめた。
「何と申し上げればよいのか、どのように説明すればいいのか・・・、知っていることを語ることはできますが、それでもかなり長いお話になってしまうと思います。コウ様のご質問についてはここを出てからお答えさせていただきたいのですがいかがでしょうか?」
「えっ、あ、うん、そういうことなら後で聞かせてもらうよ」
「申し訳ございません」
と頭を下げるシュウの表情にわずかに陰りが見えるのは気のせいだろうか。
「まー、漢字はねー、名前に使う猫は使うし、使わない猫は使わないしで、その辺は自由な感じなんだよコウちゃん。シュウの姉ちゃんのキュウは研究の究だし、かくいう俺っちはさかなッチと書いてウオッチよ」
ウオッチは落ちていた石で地面に「魚」という漢字を書いた。
「トワっちなんかは特に漢字も使わないしね」
「そうそう、でもかっこいいだろ俺の名前。コウ、あんまり難しく考えるなって。コウの世界と俺たちの世界は違うんだから」
一個目のおにぎりをほぼ食べ終わりそうな白猫剣士がさらりと言うので、
「うーん、わかったよ」
いまはもうこの話題を追うのはやめることにした。
「似て非なる世界、そのようにお考えいただければと思います」
シュウは短くそういうと、
「そろそろ行きましょうか?」
と立ち上がった。
「そうだねー」
とのんびり魚っちことウオッチは答えると、
「ほらトワっちいくよー」
とトワイライトに手を伸ばした。
「えー、待ってよ、もう一個食べたくなっちゃった、ね?食べていい?ね?」
と本気なのか冗談なのかわからない白猫が駄々をこねだしたその時だった。
タタタタタとこちらに向かって突如として駆け寄ってくる者がいる。
影は二体だった。
ふざけていた調子のトワイライトは、咄嗟にエーテルブレードを背中から抜き、構えた。
「何やつ!」
影が近づいてくる。コウは懐中電灯を向ける。
「えっ?」
コウは目を見開いた。
果たして二体の影は猫だった。
「ひっひー、旨そうなもん食ってたなー」
「ふんふん、食ってたなー」
歌うような調子で二匹の猫はトワイライトに向かって直進していく。勢いそのままに飛びかかるようにジャンプする二匹の猫は青い体をしている。
「なんだお前ら、やめろ!」とトワイライトはたまらずエーテルブレードで振り払おうとしたが、
「トワっち!ストップ!」
とウオッチが大きな声で制止する。
青い二匹の猫は、トワイライトにつかみかかると、突然くすぐるように白猫をもんだり、なでたりし始めたので、事態が呑み込めないまま自分の身体を抱きかかえるように防御の態勢を取る白猫。
「なーなー、さっきの旨そうなもんオイラたちにもくれよー」
「おくれよー」
青毛の二匹はどうやらおにぎりを要求しているらしい。トワイライトはくすぐったいのか、気持ちいいのかわからないが、「イヒヒヒヒ」とか「オホホホホ」と言いながらも、さすがに初対面の猫たちの突飛な行動に抵抗して、
「やめろ!お前ら何なんだ!」
とじゃれ合うようにからみつく猫たちを振り払った。
はじき飛ばされた青猫達は、ややしゅんとしたのかつぶらな瞳でこちらを見つめている。
「うおっす、ホノオ、スノウ」
と口を開いたのはウオッチだった。
突然の来襲に突如緊張感が高まるのを感じていたコウも、そのひと言でようやくほっとした。
(知り合いだったのか)
「うおっすー、ウオッチ兄ちゃん、なあーオイラ達にも白猫さんが食ってたやつおくれよー」
ホノオとスノウと呼ばれた二匹のどちらがホノオで、どちらがスノウなのかはわからないが、美しい青毛に赤い衣をまとう一匹がそう答えると、白い衣のもう一匹も、
「ウオッチ兄ちゃん、おくれよー」
とねだっている。
二匹はトワイライトやシュウよりもだいぶ幼い雰囲気で、まだ子供と思われる風貌だった。
「なんだウオッチ、知り合いだったの?びっくりしたなーもう、まさかの異形のものの登場かと思ったよ」
とトワイライト。
「ははは、ごめんねー。こいつらいつもなのよ。シリウス採掘班のみんなも驚かされてさ」
「ひっひー」
「ふんふん」
青色子供猫は、楽しそうに調子をとって小さな輪を描くようにくるくるとその場で小躍りしている。
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