5.師匠の言葉(1)
5 師匠の言葉
「じゃ、まずはウオッチのところだな」
と言うトワイライトについて歩く。
昨日は見かけなかったが、マタタビスタ共和国内には蝶や蜂が飛んでいる。そして地上を這う蟻や緑の草地にはバッタなどの跳ねる姿も見られた。シュウやにゃんこ先生が「地球」と言ったこの猫だらけの異世界はまさしくコウが知っている「地球」の様子と変わらず、違うのは猫たちが喋り、歩き、文明を持っていること、そしてヒトがいないことだった。
昨日ディナスティアという子供猫の誘拐犯に遭遇したとき、「ヒト?こっちにもいんの?」と自分を見て驚きの表情を見せた場面を思い出す。
(人間はいるのかこの世界にも、いったいどういう人物なのだろう。)
ところどころに綺麗に並べられた花壇を見ながら、あるいは決して野放しの自然という風ではない芝を見ながら、猫たちがヒト文明と呼ぶことの意味と、ヒトには出会わないことと、でもどこかにヒトはいるらしいことをまたあれこれと考えながら二匹の後を歩くコウ。もし、こちらの世界と自分のいた世界を自在に行き来できるのなら、今日のことが終わってもまた訪れたりしたいなと、そんな気持ちになったりもしている。
「あ、師匠!」
じゃらし橋の上で川を眺めながら何をか考え込んでいる様子のマルキーニャスにトワイライトが気づき、小走りで近寄っていく。シュウとコウも慌ててついていった。
「おはようございます、お
銀毛の武道家はいたずらっぽい笑みをかすかに浮かべながら、皮肉るような言葉でトワイライトの挨拶に答えた。
「もう、やめて下さいよ師匠、昨日からお陀仏君、お陀仏君って、気にしてるんですからー、せっかく気分も新たにこれから出発するってときに」
弟子は師匠にからかわれ、さも心外だという風に落胆する素振りで応答した。
「ふふふ、失礼。元気な様子で良かったです。それが君のいいところ。ああシュウ、コウ殿、おはようございます。コウ殿、この度はお世話になります」
銀猫がそういってうやうやしく頭を下げるので、コウは恐縮してしまった。このマルキーニャスと面と向かって話をするのは初めてだったが、物腰が柔らかく、穏やかで、どことなく安らぎを感じるような静けさを漂わせている。昨日目にした尋常ではない身のこなし、激しい動きを想像させる荒々しさは微塵も感じられない。
「あ、おはようございます。」
慌てたように頭を下げるコウ。シュウもしっかりと挨拶をした。マルキーニャスは続ける。
「私も同行したいところではあるのですが、いまここを離れるわけにはいきません。トワイライト君、昨日のことを忘れてはいけません。昨日の恐怖を忘れてはいけません。上には上がいるのです。慢心が自分の身を砕く、生きながらえたことに感謝しなさい。冷静さを欠いたことを恥じなさい。勢いだけではどうにもならないことがあるのです。どんなときでも謙虚な気持ちでいなさい。君の強い心があれば、常に新たな道を切りひらくことができる。いまの自分をしっかりと見つめもがきなさい。もがく時間はとても重要なのです。世界を知りなさいトワイライト君。いまがその時です。私はここにいます」
静かに、諭すように語るマルキーニャスの瞳には弟子を思う優しい色と、越えてきた険しい道を想起させる厳しい色が混ざりあっていた。
真剣なまなざしで師匠を見つめ、話を聞いていたトワイライトは「はい!」というと押し黙り、言葉の意味を噛みしめているようだった。明るく、前向きで快活でお調子者のムードメーカーという印象のトワイライトだが、こういった場面では真面目に物事をとらえ、目上の者の話はしっかりと聞く。コウはすっかりこの白猫剣士のことが好きになっていた。そしてシュウのことも。彼らが直面する悩み、問題、壁はいったい自分のイチニンゲン、イチダンシコウコウセイとしての生活のいかほどに値するのだろう。
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