4.出発の朝(3)

「コウ殿にはこちらにいるトワイライト、シュウに帯同してもらいます。それからウオッチというものを」


「ウオッチ?」


「ええ、昨日の会議にも参加しておった者です。兵団長メロウとドクターピサの間に座っておった者で、シリウス採掘班の班長をしております。セイメイ湖までのご案内はウオッチに任せております。そして別部隊で採掘班メンバーを数名向かわせます。引き上げたシリウスはその者らに運ばせるような手はずになっておりますゆえ、コウ殿には潜水から引き上げまでに集中していただければと存じます」


「あ、はい」


 コウはメロウとピサの間に座っていたというウオッチという猫の姿を思い出そうとした。医者猫の隣にはトワイライトに似た雰囲気の若そうな猫が座っていたような気がするが、あの猫のことだろうか。

 とにかく自分のやるべきことはわかった。潜って石をこのリュックに入れて上がる、それだけのことだ。


「頑張ります」


シェルストレームのつぶらな瞳を見つめコクリとうなづくコウ、とそこへ聞き覚えのある元気娘の快活な声が響いた。


「コウ様!みな様!おはようございます!」


入口のほうを見るとブエナがにっかりと微笑みながら手を振っている。背中に大きな風呂敷のようなものを背負いながら、ちょこちょこと小走りで歩み寄ってくる。


「昨日は大変でしたねー。でもピンチはチャンス。暗くなってもだめ、ご飯を食べ

て、元気出してゴー!」


無神経なほどの軽快さでブエナは続けた。


「シュウお姉ちゃんも元気出して!キュウお姉ちゃんだったら絶対大丈夫だから。トワイライト君がばっちり助けちゃうんだから、ね?ね?」


「そうだよ、シュウ」


とトワイライトも同調する。


「ブエナちゃん、トワ、ありがとう。私は大丈夫。お姉ちゃんの無事を信じてる」


 自分では意図していないのだろうが、ブエナの明るさはわずかながらシュウや皆の心を救ったに違いない。換気扇のように暗いムードを押しやる存在、ブエナの登場でコウもまた少し勇気が出てきた。


「うんうん、そうだよ。キュウお姉ちゃんなら大丈夫。この国のヒーローなんだから」


「そう、だね。ありがとう。彼らの目的はお姉ちゃんの命ではないって言い聞かせてるんだけど、やっぱり不安で。でもしっかりしなくちゃよね。焦っても本末転倒、まずはシリウスよね」


しっかりとした声でシュウは応じた。

 ブエナはにっかりとほほ笑むと、


「よしよしシュウお姉ちゃんらしくなってきた」


と言うとここで初めて背中の荷を円卓の上に下ろし、


「料理長がいなくても食堂は大混乱だけど、みんな一致団結して奮闘中、そして休まず営業中!私もいつもよりもっと早起きしてお弁当を作ってきましたよー」


と言いながら風呂敷の包みを開けた。すると現れたのは竹細工のケースが四つと小さな水筒のようなものが四つ、


「と言ってもおにぎりと唐揚げと卵焼きぐらいですけどね。コウ様、今日は頑張って下さいね、ファイト!ブエナもドッキドキですけど、食堂から念を送り続けますからー」


「ブエナ、そっかありがとね。朝早くから」


 昨日あんなにおいしい料理を食べたにもかかわらず、いまだに猫が料理をすること自体には違和感を感じる、それもおにぎりなんてそのかわいらしい肉球の手でどうやって握るのだろうと一瞬考えたが、ブエナの心からの激励には心温まるものがあった。


「ありがとな!ブエナ」


「ありがとう」


トワイライト、シュウもコウに続いて礼を述べる。


「いいえー、エヘヘ、みんな頑張って!」


満足げにほほ笑むブエナをシュウは優しくなでている。


「よし!じゃあぼちぼち行くか!」


トワイライトの掛け声に、


「ええ、行きましょう」


とシュウが応じ、ブエナが用意してくれたお弁当をそれぞれのリュックや肩掛けかばんに詰めた。

ウオッチという猫の分は、トワイライトが持った。


「うむ、くれぐれも気を付けるのじゃぞ、異形いぎょうのものは観測されていないとはいえ、今回のように不測の事態がいつ何時起こるやもわからん。気を引き締めていくのじゃ」


センター長の言葉に一匹は威勢よく「はい」と反応し、一匹は静かにうなずく。コウも皆の顔を眺め回しちいさく「よし」とつぶやくと一歩を踏み出した―。

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