3.湖底下の地底湖の湖底(2)
“ゲート”についてにゃんこ会議ではほとんど語られなかったが、自分の生活している元の世界と、この世界とをつなぐ入口は確かに存在していて、自分を訪ねてシュウとトワイライトは来た。ゲートが存在する魔刀(マガタナ)神社の近くの泳ぎが得意なヒト。二匹は何度か下調べにも来ていたようだ。しかし、水泳部とはいえ海底からウニを獲りあげるどこかの海女さんのように得体の知れない地下の湖に沈む隕石を簡単に引き上げることなどできるのか。
あの場に集まった一同の視線が一気にこちらに向いたあの瞬間、コウは逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。そして、もし仮に自分が断固として彼らの依頼を拒み、「嫌だ、元の世界に戻してほしい」という姿勢を固持しつづけたら、あるいは彼らもあきらめてくれたのかもしれない。
しかし、結果的には了承してしまった。あの時「わかりました」と答えて今、引くに引けない状況になってしまったのは、きっと潤んだ目で僕を見つめるシュウと目が合ってしまったからだろう。そして僕の隣に座っていたトワイライトがポンポンと僕の膝を叩き、決意と覚悟に彩られた強い眼差しで僕を見つめ、コクリとうなずいたからだろう。
怖いけど彼らを放っておけない。いつの間にかコウはそんな気持ちになっていた。でも怖い。自分なんかにそんな大役が務まるのか。あれこれと考えては眠れない夜を過ごしている。
コンコン、ふいに扉をノックする音がした。誰だろう?コウは眠りの世界とうつつの世界の中間地点でぼんやりとしていたところだった。
ハッとして身構えるように、ベッドサイドに腰掛ける。
「はい」
応答のあと、かちゃりと扉が開き、一匹の猫が姿を見せた。わずかに廊下が明るいのはエーテルによる発電なのか、その他のエネルギーによるものなのかは知らない。
「夜分にすみません」
白猫はかよわい声で詫び、ぺこりと頭を下げるとコウの元へと歩み寄ってきた。
「シュウ・・・」
朝のデジャブのような場面だった。
「コウ様、夜分にすみません。もう寝ていらしたでしょうか」
「いや、なんだか眠れなくてね。色々と考えているうちに頭が冴えてきちゃうような感じだった。いまちょっとだけまどろんでいたかな、はは」
シュウは申し訳なさそうに目尻を下げ、
「すみませんでした。私も眠れなくて。コウ様とお話したいと思ったのです」
「そう、なんだ。僕なら大丈夫だよ。気にしないで、どうしたの?お話って」
「いえ、ただ感謝の意をお伝えしたかったのです。この度は私たちのお願いを引き受けて下さり本当にありがとうございます。私たちの問題の解決のためになんの関係もないコウ様を巻き込んでしまっているということ、申し訳なく思っております。死神の手下、そして異形のものの襲来に関しては、突然のことで私たちも急な展開にあわてふためきました。そして姉キュウもあのようなことになってしまった。コウ様にはシリウスの原石の引き上げだけを依頼させていただきたくお連れしたのに、見知らぬ世界で余計に恐ろしい思いをさせてしまい本当に申し訳ございませんでした」
姉を誘拐され、不安でいっぱいのはずのシュウにお詫びをされ、なんだか切ない気持ちになった。シュウを力強く励ましてあげたいと思ったが、軽はずみにキュウのことには触れられなかった。
「い、いや僕は大丈夫だよ」
「コウ様・・・、コウ様が頼りです。明日は何卒よろしくお願いいたします」
「シュウ、うん、頑張ってみるよ。正直、不安でいっぱいだけど、精一杯やってみるよ」
まっすぐに自分を見つめてくる白猫の目は少し潤んでいるようだった。
「ありがとうございます。明日はトワイライトとともにお供させていただきます。夜分に失礼いたしました。では明日」
シュウはそう言うとぺこりと頭を下げ、踵を返しつかつかと扉のほうへと戻っていった。そして、またふり返るともう一度頭を下げ、かすかに微笑んで「失礼します」といった。右手を上げて応じるコウ。シュウの様子は痛々しかったが話せて良かった。先ほどまでのごちゃごちゃととりとめのない思考のループは消え去っていた。とにかく明日はシュウのためと思って頑張ろう。こんなにも誰かに頼りにされたことなどなかったのだから。もう一度床についたコウは、目を閉じると深い眠りの世界へと落ちていった。
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