2.星流湖(2)

「そして今病院にいるバル・カンへは感謝してもしきれぬが、私なぞが生き永らえるくらいならキュウの身を守ってやりたかった。悔やんでも悔やみきれぬ、早く奴らの狙いに気づいていれば、んぐ、ぬぐっ」


 センター長よりは若いのかもしれないが、それでも人間でいえばおじいちゃんと呼ぶにふさわしいであろう学者猫は語りながら、声を詰まらせた。その目が潤んでいる。


「シェルストレーム、まだ何も終わっておらん」


センター長は先を促す。


「シリウスについてじゃ」


「はい、すみません。シリウスについてでしたな」


学者猫はセンター長に軽く頭を下げると、眼鏡を取り左手で顔を二、三度ぬぐった。居直り再び語り始める。


「みなもシリウスとは何か、なぜこの世界にコウ殿をお呼びしたかについてはほとんど把握しているものと思う」


(えっ?)


コウは突然自分の名前が出てきたことに驚き、目を見開いた。


「隕石シリウスが星流湖に落ちたのはいまからおよそ二十年前、鏡のように太陽光を反射し、美しくきらめく湖面の中央に大きな穴が開いてしまった。星流湖の中心は地中深く突き刺さるようにシリウスが貫き、ご存知のように滝のように内部へと流れだしたために湖面の水位が下がった。

しかし、ただそれだけのこと。偶然隕石が湖に落ちただけと騒ぎはすぐに収まり、その後関心を寄せる者は皆無じゃった。しかし、偏屈な私は未知なる落下物に対しての好奇心を消すことができなかった。来る日も来る日も星流湖へ通い。湖面を眺め、きらめく湖の底の底にあるであろう隕石に想いを寄せた。この地球外の物質へなにか神がかったような神秘性を感じておった。何しろこの広い地球の、海だらけの地球の星流湖のど真ん中を突き刺したのじゃ。巨大な落下物への妄想は結果的には誇大ではなかったのかもしれぬが、当時は物好きで偏屈な研究者が憑りつかれたかのように湖面の周囲をさまよう姿を奇妙な眼差しで見ていたものもおったであろう。今では旧史文明時代からの様々なエネルギー関連にも代替えされ得る新エネルギーとして期待されておる部分もある。しかし実用的な面においてはこのほどの異形いぎょうのものなど、魔の者へ対抗するための魔断の兵器としての側面が強いがの。そちらの部分については今回、実験だけではなく実戦でも結果を出すことができた。これには、ともにエーテル研究を進めてきたキュウの功績によるところが大きい。愛弟子がわしのような奇矯ききょうな研究者を信じ、わしの情熱を凌ぐ情熱で日々の研究にいそしんできた、その努力を褒めたたえてやりたい。いや、少しそれたの。シリウスじゃ。星流湖にはシリウスが落ちていった最深部へと通ずる洞窟がある。星くず族という部族の存在は知っているものも多いであろうが、その洞窟はすなわち彼らのすみか、星流湖の湖底にはひとつの民族が息づく地下世界が広がっている」


 今まさに自分がなぜこの世界へ呼ばれたのかという解を得ようとしているのに、学者猫の長い話はなかなかコウの疑問符をかき消してはくれない。それでも一言一句聞き逃すまいと聞き入る。


「わしは毎日のように星流湖に出向き、隕石に近づく方法はないかと湖の周囲を巡り歩いていた。そしてある日、数匹の星くず族と遭遇することになる。滅多に地上で見かけることのない星くずの民とじゃ。彼らはシリウスの落下によって同胞を亡くしておった。そして突如として悲劇をもたらした隕石をまがまがしい邪悪なる存在として魔岩まがんと呼び恨んでおった。そんな彼らにわしはシリウスを見せてくれないかと申し出た。自身が研究者であり、何か役に立てることがあるかもしれない。つまりは撤去することも可能かもしれないと。元々、都市に生きる文明の民を嫌う地下住民であったが利害関係が一致したこともあり了承してくれた。星くずの民に連れられ湖底地下洞窟へと潜っていく。深く深くどこまでも深く。当時はまだ体力もあったが、今のわしでは戻ってくることはできぬであろうな。その辺りは星流湖シリウス採掘班のよく知るところであろう」


 シェルストレームは兵団長メロウとドクターピサの間に挟まれて座っている猫を見てかすかにうなずいた。そして水を一口飲んだ後で、また話し始める。


「ここ数年は国家プロジェクトとして日の当たるところとなったエーテル研究も、当時はわし一匹の趣味的世界。いや皮肉ではないがな。とにかく湖底最深部から持ち帰ることのできるシリウスの欠片はほんのわずかであった。そしてようやく本題じゃ。湖底洞窟内の構造的説明ものちに必要であろうが、コウ殿にはわしらでは成し得ないシリウスの原石の引き上げをお願いしたい」


 再び唐突に現れた自分の名前に驚き、動揺するコウ。


「えっ?僕が隕石を引き上げる?ど、どういうことですか?」

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