12.ディナスティア

 12.ディナスティア



「いいなー、小籠包しょうろんぽう。僕ちんも食べたいなー」


 ぬっと現れたのは、顔の黒い猫だった。

 背丈は小さく、耳の形がわかるような濃い紫色の帽子に、紫のマントで身を包み、薄笑いを浮かべてつかつかと入ってきたのは子供のような猫だった。


「っていうか、やっぱりかよシャドー。まったく期待に応えるよねー」


「おぬしは何者じゃ⁉」


言いながらスピカは、子供に見えるがただならぬオーラをまとう侵入者に身構えた。


「これはこれはスピカ・ゼニス・ラマラウ様。にゃんこ先生。僕ちんの名前はディナスティア。ディナって呼んでくれていいよー。っていうか、シャドーみたいにぺちゃくちゃ喋って脳天ズッパリされるようじゃ馬鹿じゃないのね。サクッと済ませちゃうからねー。ごめんにゃさい」


 紫ずきんの黒猫ディナスティアは、楽しそうにそう言うと紫紺のマントの中から右手を出した。


「はいよ。キュウさん、ごめんにゃさいね。手荒な真似はしませんからねー、っとあとはこいつもか」


 ディナスティアの右手から光る帯のような波動が出た。

 その光は瞬く間にキュウとシャドーの方へと伸び、縄のように二匹の身体を縛った。


「何するの⁉」


 ようやく解放されたはずのキュウは再び新たな侵入者に拘束される。


「やめて!お姉ちゃんを離して!」


瑠璃色ずきんは応じない。


「あー、あとシェルストレームっておじいちゃんもだっけ?まあ、いいや僕ちんの任務じゃないし」


 ディナスティアはクイと手のひらを返した。

 キュウとシャドーの身体はうむを言わさぬ形で彼の元へと寄り集まった。


「何するね!」


にじり寄るバル・カン。


「うん、こうするね!」


 ほいっと言うと、子供猫の足元に大きな灰色の雲が現れた。シャドーはその上に投げ出され、キュウは光の縄で縛られたまま雲の上に立つような形になった。


「そんじゃーねー。コック猫さん。小籠包食べたかったなー。今度は用意しといてね」


バル・カンが飛びかかる。


 ディナスティアはマントの中から左手を出すと、「にゃん」と言って今度はそちらの手から波動を出した。まばゆい光とともに、衝撃波がバル・カンを直撃し後方へと吹き飛ばされる。先ほど英雄になったばかりの料理長は壁にぶつかり崩れ落ちるように倒れこんだ。


「バル・カンさん!」


「バル・カン!」


シュウたちの悲鳴。


「うーん、コック猫さんもなかなかやるみたいだけどね。分が悪かったね。ま、いいや、みなさん、ほんじゃねー」


「待て!」


「お姉ちゃん!」


 猫たちの叫びもよそに、ディナスティアは飛び去る。


「シュウ!」


「お姉ちゃん!」


「シュウ!」


 引き裂かれる姉妹。




 ディナスティアは研究所内の通路を抜け、追いかけるシュウたちをあざ笑うかのように風のように飛び去った。姉妹の叫びはむなしくこだまし、残響ざんきょうのように耳に残る姉の声と悲痛な表情の残像ざんぞうだけが脳裏に焼き付く。

 それでも追いかけるシュウだったが、もう届かない、姿も見えない。


「誰か!誰かお姉ちゃんを助けて!」


泣きながら駆ける白猫だった―。


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