11.シャドーの目的(2)

 果たして、黒猫の狙いはキュウだった。

 シュウは震えながら叫んだ。


「やめて!お姉ちゃんに何するの」


 シャドーは相手にしない。キュウもシュウと同様、泣き叫びたいほどの恐怖と戦っていた。また一方で、努めて冷静に振舞おうとした。


「私の誘拐、それが目的ね」


 黒猫を妹から遠ざけたい。自分を連れ去ることが目的なのであれば、今自分にできることは彼の意思に沿うことでしかない。


「ああ、そうだ。さすが理解が早くて助かるぜ。一緒に来てもらおうか」


 マルキーニャス様は向かってきてくれているに違いない。時間を稼げばあるいは、いや、この黒猫はマルキーニャス様を警戒している。妙な小細工をして、時間を稼ごうとしても無駄だ。この部屋にいさせてはいけない。シュウと所長の命の保証はない。

 瞬時に考えを巡らせるキュウ。


「わかったわ。連れていきなさい。その代わり、シュウや所長に手出しをしないで。この国の皆にも手を出さないで」


「キッ、クロ様のお望みは貴様だけだ。俺は任務を果たすだけだ。さぁ乗れ」


「お姉ちゃん!」


シュウは泣き叫ぶ。


 キュウはりんとした立ち姿で、優しく妹に微笑んだ。いとし気にシュウを見つめるまなざしの奥に、何かを固く決意したかのような強い力が宿っていた。その双眸そうぼうはわずかに潤んでいるようだったが、そこに絶望の色はなかった。


「シュウ、最高の妹。強く生きなさい。大丈夫、きっとまた会えるわ」


キュウはシャドーの灰色の雲に乗った。


「キキ、ものわかりが良くて助かるぜ、あとはこのジジイを消してっと」


 黒猫は身動きが取れないシェルストレームめがけて大鎌を振り下ろす構えを見せた。


「やめて!約束が違うじゃない!」


キュウが叫ぶ。


「約束?なんだソレ」


 黒猫は意に介さない。シュウはどうすることもできず泣きながら立ちすくんでいる。


 シャドーが鎌を振り下ろそうとした―。





 その刹那せつな、ものすごいスピードで部屋に何かが飛び込んできた。

 ガキン、と音がして大鎌が揺らぎ、シャドーは態勢を崩す。ゴトンと床に落ちたのは出刃包丁だった。


「やめるね!」


 その体格には似つかわしくない速度で一匹の虎猫が駆けよってきた。

 コック帽のでぶっちょ猫は、青く光る刃を持ち、シェルストレームとシュウの前に立って構えた。


「バル・カンさん!」


 コック猫はシュウに向かってにっかりと笑ってうなづいた。

 そして、バル・カンに続いてもう一匹、


「キュウ、シュウ!無事か⁉」


 そう言いながら駆けつけたのはスピカ・ゼニス・ラマラウだった。肩で息をしている。


「センター長!」


「はあー、はあー、はっ、ひいーっ、シュウ、キュウ、シェル、何とか無事じゃったか」


息も切れ切れの老猫ろうねこは、今にも倒れそうなほどに疲弊ひへいしながらも黒猫をねめつけた。


「《死神》か?お前は《死神》なのか?」


「次から次へと邪魔してくれるぜ。死神?クロ様のことか。残念だったな。俺は手下にすぎん」


「手下?そうじゃったのか・・・」


 スピカ・ゼニス・ラマラウは、異形のものを従え侵攻してくる際にこの黒猫が見せた強大な力を思い返していた。


「手下であの力・・・恐るべしじゃ。キュウをどうする気じゃ、返せ!」


「そうよ、お姉ちゃんを返して!」


 黒猫は苛立っていた。シェルストレームを始末し、キュウを連れ去ってくるというのが指令。首尾よくこなせなければクロ様を怒らせてしまう。なぜ邪魔をする。下等なただの猫のくせに。


「ええい!黙れ黙れ、お前ら全員消してやる!」


 シュウに襲いかかる黒猫。バル・カンが割って入る。


「やめるね!」


 ガキン、大鎌とエーテルブレードが激しくぶつかり合う。灰色の雲に乗ったままのシャドーはキュウもろとも衝撃でけおされる。


 間髪入れずにコック猫はにじり寄り、右足で思い切り床を叩くように踏むと宙に浮きあがり、青い刃を振りかざした。


「必殺!三枚おろし!」


といって繰り出したのは、目も眩むほどの素早い連続攻撃だった。

 ガキン、ガキン、ガキン、ガキン。シャドーは大きな鎌を器用に動かしながら、ぎりぎりで受け流していく。受け流しながらも、でぶっちょ猫の力強い打撃に後退する。

(こいつ、何なんだよ!強い)


「この野郎、ふざけやがって」


 シャドーが反撃する。バル・カンは大鎌をひらりとバク宙して後方にかわす。鎌が柱につきささる。


「いまだ!行け、バル・カン!」


「バル・カンさん!」


叫ぶスピカとシュウ。

 着地をしたバル・カンはタンとその足で床を蹴り、即座に間合いを詰める。青い刃をふりかざす。その刹那。黒猫は左目を光らせた。トワイライトもシェルストレームも固められた石化眼だ。


 しかし、バル・カンには効かなかった。

 瞬時に眼を閉じてかわす。にっかりとほほ笑むエーテルブレードを振り下ろした。


「ぐわぁっ」


 まともにその一撃を受け黒猫は吹き飛んだ。

大鎌は大きな柱に突き刺さったまま。灰色の雲は消え、キュウはドスンと床に落ちた。


「キャッ」


「お姉ちゃん!」


駆けよる妹。「大丈夫?」涙を流し抱き合う姉妹。


「うん、うん。怖かった。さすがの私も」


 黒猫は立ち上がれず、うめいている。


「ふいー、危なかったわい。バル・カンよ、助かったわい。本当にありがとう」


シェルストレームは石化眼の呪縛から解放されていた。


「どういたしましてね。みんなお腹が空いたでしょ?小籠包しょうろんぽう仕込んであるからね。みんなで食べましょうね」


にっかりと笑い研究所長に応じるコック虎猫。

 スピカも安堵の表情を浮かべている。


(ひとまずは事なきを得た)


 そう思った矢先だった。突然入口の向こうから一匹の猫が現れた。

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