11.シャドーの目的(1)

⒒ シャドーの目的



「ちょっと外の様子を見てきます。コウ様は念のためこちらにいらして下さい」


 魔断砲が発射され、モニター越しには地上の様子も落ち着いたように見える。護衛猫ピッチは一度確認してくると言う。


「僕も行くよ、ピッチ」


 自分でもどうしてそんな勇気が湧いてきたのかはわからない。ただ、何だかじっとしていられない気分だった。


「駄目ですコウ様、まだ地上は安全とは言い切れません」


「うん、そうなのかもしれない。でも、見てみたいんだ、君たちの国を。それに早くトワイライトやシュウやにゃんこ先生と話したい」


「ですがコウ様・・・・」


 自分を保護することを命じられているピッチは首を縦には振らない。

 しかし、コウは早く事の真相を知りたいという思いが強くなっていた。

 モニター越しに繰り広げられた出来事と、自分が「救世主様」などと呼ばれることがどうしてもリンクしない。


「私も行く!」


といったのはブエナだった。


「ピッチ君、大丈夫だよ。コウ様なら私が守るから」


バル・カン譲りのにっかりとした笑みを浮かべた。


「まったく、ブエナまで。仕方がないですね。まあ恐らくはもう異形のものはいないでしょう。残党程度ならこのピッチが葬りましょう」


 ピッチも観念した様子で、結局二匹と一人は一緒に地下シェルターを出ることになった。


「コウ様、私の近くを離れないでくださいね。もし身の危険を感じたら、供に先程のシェルターまで駆けましょう。よろしいですか?」


「う、うん。わかったよ」


「大丈夫だって、ピッチ君は心配性だなぁ。マルキーニャス様だってトワイライト君だって外にいるのよ。それにいざとなったら私が料理長直伝の必殺“三枚おろし”をお見舞いしてあげるわ!」


 ブエナはどこに忍ばせていたのか、出刃包丁を右手に持ち空中でぶんぶんと振った。

 これにはピッチも「調子が狂うなぁ」と苦笑い。

 コウは二匹のやりとりが可笑しくて笑った。


「さあ、行きましょ、行きましょ、まずはトワイライト君とマルキーニャス様のところへ」



 二匹と一人が連れ立って歩く。歩きながらコウは先ほどの青い光の砲撃を思い出していた。(あの光は何だろう?)そして、改めてこの不思議な猫の王国について考えていた。

 夢でもなく、異次元でもなく「地球であることに違いはありません」とシュウは言っていた。「今を生きる私たちの世界です」と。

 地球であることに違いはないのに人類らしき者はまだ見かけていない。それどころか猫しかいない。話す猫、笑う猫、猫、猫、猫。

 自分が普段生活を送っているのも地球。この猫だらけの異世界も地球。これはいったいどういうことだろう?

 地球が属する銀河系がもう一つあって、そこは猫だらけで、たまたま「地球」と呼んでいる?もう一つ地球があるということ?「コウ殿の世界は、コウ殿にとって止まっている」とにゃんこ先生は言っていた。あの言葉の意味は何だろう?

 僕にとって僕の世界は止まっているということは、僕以外にとっては動いているということなのだろうか?でも僕は失踪したことになどなっていないという。まったく訳がわからない。

 地球であり、人はおらず、猫が話し、文明がある。見たこともない科学技術が発達している。これはまさか僕たちの住む地球の未来?僕はあの暗闇の魔刀神社から遠い未来へと来てしまった?いや、まさかね。とにかくこの国のことはこの国の住人に聞くしかない。


 前方を歩く二匹の後ろ姿を見ながら、無数のハテナを浮かべては考えたり、押しやったり、朝からずっと落ち着くことがない頭の中。どんなに昨夜の出来事を後悔しても、後悔には意味がない。起きていることは全て現実で、リアルな実感を伴っている。自分の頭が可笑しくなったわけでもなさそうだ。

 「巻き込まれてしまった」と嘆いたりしても事態はきっと変わらないから、「僕の意思じゃない」と現実逃避をしても何も変わらないなら、主体的に動いてみるしかない。


「しっかりしなくちゃ」


「トッワイライト君、トッワイライト君」


スキップをするように弾みながら歌うブエナの軽快な調子も、コウの前向きになりかけている気分を後押しした。











「キキキキキ、見事なもんだな。あれがエーテルの力か。まともに受けたら俺でもわからんな。クロ様が恐れるのもわかるぜ」


 オレンジマントの黒猫シャドーは不意に現れた。


「あ、あなたは」


絞り出すようにキュウ。


「や、やはり現れおったな!」


 シェルストレームは自分を責めていた。


(一歩遅かった!)


兆候があったのに。違和感を感じておったのに。


「・・・」


 シュウは絶句し、立ちすくんでいた。大鎌の黒猫の姿に戦慄していた。

 トワイライトを非情に、迷いなく葬り去ろうとした恐ろしい猫が今まさに目の前にいる。

 怖かった。ただ怖かった。

 黒猫はゆっくりと近づいてくる。浮遊する灰色の雲に乗ったまま、ぎらつく大きな鎌をその手に持ったまま。


「現れおったなもなにも、最初からこれが狙いだからな。キキ、邪魔者に無駄足取られちまったがよ」


「なぜ!魔断砲を受けたはず!」


キュウは叫ぶ。叫びながらも「もう駄目かもしれない」と考えていた。


(いざとなったらシュウだけでも・・・。)


「キッ、魔断砲エーテルか、俺たちが魔の者だと決めてやがる。お前らが正しければ、俺たちは正しくなくて悪しき者。そして魔の者ってね。キッ、おっかない光の軌道は大体予想してたさ。そのための隊列だからなぁ」


「やはりか、うかつだったわい。一体何が目的じゃ!この技術そのものか⁉それともそれを研究開発しているわしらを葬ることか⁉ここの責任者はわしじゃ、この者らはただのアシスタントじゃ、サポートしてもらっているにすぎん。やるならわしをやれ!」


「うるさいジジイだ。おしゃべりしている暇はないんだよ。マルキーニャスだけは厄介なんでな。すみやかに行うでよ」


 黒猫はそう言うと、まばゆく左目を光らせた。


「ぐわぁっ」


声にならない声は自分の胸の中で響いただけ、シェルストレームは身動きが取れなくなってしまった。


「シェルストレーム様!」


「所長!」


姉妹が同時に叫ぶ。


「そうそうシェルストレームだったな、このジジイの名前は。くだらん嘘をつきやがって、あんたらの情報なんて外部に出回ってるんだよ。そんなことも知らなかったのか」


 シャドーはシェルストレームの動きを止めると今度はキュウに近づいた。


「老いぼれはすっこんでろての。さあいくぞキュウ。クロ様がお待ちかねだ」

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