10.青き光の矢(2)

「所長!準備完了です!」


 キュウが告げた。シュウとシェルストレームを交互に見てうなずき合う。


「よし、それでは早速発射じゃ、方角は南東!じゃらし橋方向、お魚センターへの線上を狙うのがベストじゃな、どれちょっとよいかシュウ」


といって席を譲るように促されたシュウは二匹の後方に立つ。


「こうして、こうして、こうして、ほほほほほほほい」


 シェルストレームは尋常ではないスピードで目の前の操作盤をいじると、キュウに向かい右手を上げ、にっかりと笑ってみせた。

 それを受けたキュウはコクリと静かに頷くと、立ち上がり室内中央にある柱へと速やかに移動した。

 柱にあるコントロールパネルを操作すると、上部の内側から大きなレバーが現れる。


「それでは、いきます!」


 キュウはそう言って、もう一度シェルストレームと頷き合ったあと、「えい!」と言って飛び上がり、レバーにぶらさがるような形でそれを下に引いた。



 ギュォォォォォーン、ゴゴゴゴゴゴゴ、バィーン―。

ズォォォォォォーン―。





 一筋の青白い巨大な光の矢が、戦場と化したマタタビスタ共和国内を突き抜ける。

 数百体の異形いぎょうのものたちが飲み込まれていく。

 異形のものはただの猫となる。

 その身を支配していた悪霊が抜け出たかのように、飛んでいたものも、熊のようなものも、バタバタと倒れ、姿を変え、ただの猫となる。

 それは本当に一瞬の出来事だった。




 マルキーニャスは驚いていた。

 オッチョという蜂型の猫にはやや苦戦したが、5回ほどまともに突きを当てると動かなくなったので、トワイライトに次いで黒猫を追いかけようとした矢先だった。

 突如として前方が青白く光ったかと思うと自身の方向へと矢のように閃光が伸びてきた。

 慌ててかわそうとしたが完全には避けきれず、身体半分をかすめる形になった。何しろ巨大な砲撃がそれこそ光の速さで、しかも味方陣地の方角から飛んできたのだから、さすがのマルキーニャスもかわし切れなった。

 肝を冷やしたマルキーニャスだったが、不思議なことに何の外傷もない。

 そしてふと、後方の蜂猫を見ると、突きを受けてのび上がっているはずのその姿がない。

 それでようやく心当たるものが浮かぶ。


「なるほど、これがシェル様とキュウの研究の成果ですね」


 数年間旅に出ている間にも、噂には耳にしていたエーテルというものだろう。

 学問の国マタタビスタの研究についてのニュースは其処ここで耳には入ってきていたし、シェルストレームとキュウという旧知の二匹が新興分野としてエーテルという新しい自然エネルギーの研究を進めていることもどこからか聞いていた。そしてそれが退魔のエネルギーであるということも。異形のものの浄化例に成功したというニュースも。


 異形のものの群衆がうごめく地鳴りのような足音は消えた。今の砲撃で一掃されたのだろうか。

 あの黒猫もこの光を受けただろうか。


「任務を果たさなければ消される・・・」


シャドーはそう言っていた。

 すぐに追わなければと思ったのだが、蜂猫を放置しておくわけにはいかなかった。


「嫌な予感がしますね」


 銀猫は駆けだした―。



 研究所内は歓喜と安堵の雰囲気に包まれていた。


「うまくいったわね」


 実験は幾度も繰り返してきたが、実際に襲いくる外部からの魔物に対して魔断砲を放ったのは、これが初めてのことだった。内心、大きなプレッシャーを感じていたキュウは、今まさに胸をなでおろしたい気分だった。


「お姉ちゃん、お疲れ様!」


 シュウは日頃の努力と、いざというときの奮闘で国を危機から救った姉を心底誇らしいと思った、と同時に異形のものの脅威は今後も頻繁に自分たちを脅かすのだろうかという一抹の不安が脳裏をかすめてもいた。


「ご苦労だったキュウ」


 シェルストレームは目を細め、ねぎらいの言葉をかけた。

 喜び合う姉妹の様子を見て、素直にひとまずの成功を祝いたい思いだったが、どこかすっきりとはしないものがあった。黒猫のことを考えていたからだ。

 モニターを見渡す。光のエーテルによって浄化された猫たちが倒れている。いまは眠っているだけだろう。


「やつはいずこへ?」


 黒猫の姿はない。魔断砲を浴びて消え去ったか。

 ふと一つの画面に目がとまる。

 銀毛の猫と白猫が駆けている。銀猫の後方から白猫が追いかけている。マルキーニャスとトワイライトに違いない。方向としては、にゃんこセンターや、このエーテル研究所を含む科学研究センターの方向だ。

 彼らの駆ける姿を見て、シェルストレームの胸に去来するものがあった。


「キュウ!シュウ!ただちにこの場所から逃げるのじゃ!」


「シェルストレーム様?」


とシュウ。


「所長、どういうことですか?」


とキュウ。


「黒猫じゃ、大鎌の黒猫じゃ!奴の狙いはおそらく・・・」


 日頃温厚で、冗談ばかり言っているひょうひょうとしたイメージのあるシェルストレームがただならぬ様子を見せている。二匹は動揺する。

 慌てて動き出そうとしたが、危機はもうすぐ近くまで忍び寄っていた―。

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