7.エーテル研究所

7. エーテル研究所



「彼氏も頑張っているじゃない?」


「やめてよ!そんなんじゃない」


「ムキになるってことはまんざらでもないわね」


 うふふと笑うキュウ。姉妹の会話。


 このエーテル研究所内にも外の様子を映し出すモニターが配備されている。画面の一つに全力で駆ける白猫トワイライトの姿があった。


「もう、ちゃかさないでよ。今はそれどころじゃないでしょ?」


「そうね。後でたっぷり聞かせてもらうわ、といっても準備はほとんど終わり。あとは充填を待って最終調整をするだけよ」


「その辺りの用意周到なところはさすがお姉ちゃんだけど、予感みたいなものがあったってことかしら?」


「いえ、私はいつもどおり研究に没頭していたわ。ただ、スピカ様から近々、このような事態が起きる可能性は示唆されていたわ。所長を通じてね。だから、ここのところは何かが起きてもすぐに対応できるように警戒だけはしていた」


「そう、ところでシェルストレーム様は?」


「所長は私と交代で常駐するような体制を取っていたの、つまり夜間はずっと所長がこのエーテル研究所に張り付いていた」


「グッモーニンじゃ、キュウ。二回目の朝じゃな。ふぉほほ。おや、シュウも来ておったか」


 噂をすれば現れたのはエーテル研究所の所長シェルストレームだった。


「おはようございます。シェルストレーム様」


 シュウは姉と並んで腰かけていた椅子から立ち上がり、きっちりとした挨拶をした。

「うむグッモーニンじゃ、シュウ。ご苦労である。しかし、こう騒がしくては風呂にもゆっくり浸かれぬわ。キュウ、準備はどうじゃ?」


「はい所長、つつがなく。あと十数分というところです」


「うむ、完璧じゃ。さすがキュウじゃ。ふぉほほ。わしは寝ておっても平気じゃったの。ふぉほほほ」


 軽快に笑うシェルストレーム所長だったが、さすがに夜通し勤めていただけあってその表情にはわずかに疲労の色が見られる。


「所長、ここは私とシュウで何とか大丈夫です。所長が居てくだされば心強いですが、どうぞ休んでいて下さい」


 キュウは唯一無二の上司であり同僚ともいえるシェルストレームにいたわりの心を見せた。研究所といっても最新鋭の学問分野であることもあり、まともにエーテルを取り扱える者はシェルストレームとキュウしかいなかった。


 異形いぎょうのものという驚異の存在が確認されるまでは、エーテルについては新エネルギーの研究分野としてこの二匹が静かに研究を進めているあくまで新興的な種々の研究の一分野という位置づけだった。


「そうか、ありがとうキュウ。じゃがおぬしとマイペースで日々研究に勤しんでいたあの頃とはこの施設の意味合いも異なるでの。わしは魔断砲の点検に行ってくるわい。シュウ、姉上のサポートを頼んだぞ。彼氏も頑張っておるようじゃから、ふぉほほほほ」


「か、彼氏って!シェルストレーム様まで!もう、お姉ちゃんが言っているのね。まったく二匹でちゃかすんだから、嫌になっちゃう」


「ふぉほほほほ、これは失礼した」


 にんまりと愉快そうに微笑むシェルストレームは「では、また後でじゃ」と言うと部屋を出て行った。




「お姉ちゃん、私をネタにするのはやめて」


 所長が去って、キュウを責めるシュウ。


「まあ、いいじゃないの」とキュウは取り合わない。シュウはわざとらしく大きなため息をついてみせる。そして話題の白猫剣士の姿を無意識に探す。先ほどまでトワイライトが駆けていたモニターをのぞく。するとその姿がない。先ほどまで異形のものの隊列を右手に見ながら駆けていたはずだが、


「あれ、トワ?」


 多数ある画面をつぶさに見ていく。


「どうしたの?」


「トワの姿を見失っちゃって」


「あら、本当だわ。ええと、あ、あれじゃない?」


といってキュウが一つのモニターを指さした。


「じゃらし橋・・・?」


 そこに映し出されていたのはたった二匹の猫だった。

 一匹はトワイライトに違いないが、もう一匹には見覚えがない。異形のものの姿はなかった。白猫剣士と対峙するのは、灰色の雲のようなものに乗って宙に浮き、異様に大きい鎌を持つ黒猫だった。

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