6.混沌(2)

「それよりトワイライト君が」


と言ってブエナは前方のモニターを指差した。

 壁一面に配置されたモニターはそれぞれが定点観測で外の様子を映し出している。街の様子を詳しく見るのはこれが初めてだった。一体どういう施設なのかはわからないが、そこここに様々な建物が立ち並ぶ。街は想像よりもずっと都市だった。本当に猫だけしかいないのだろうか。これはれっきとした文明だ。

 多数のモニターにはその様々な建物を取り囲むように兵隊猫たちが身構えているのが映し出されていた。皆、その手に青白く光る剣をもっている。これがエーテルブレードというものだろうか。

 そして、ある一つの画面に全速力で駆ける白猫の姿があった。


 青白く光る剣を振りながら全力で駆けているのはトワイライトに違いない。ややアングルが遠くその表情までははっきりとはわからないが、しなやかな身のこなしはおおよそ人間にはできないであろう立ち回りで、ときおり襲いかかってくる敵をなぎ払ったり、その上に乗ったり、かわしたりしながら一直線に群衆の脇を駆けている。


 ブエナが相変わらず心配そうに画面を見つめているので、ピッチが励ます。


「ブエナ、トワイライトはセンター長の命を受けて敵将の足止めに向かっているのです。マルキーニャス様が不在のいま強力な武力を持つ者と対峙できるのは彼しかいない。魔弾砲まだんほう充填じゅうてんまで、おそらくあと数十分はかかるでしょう。それまで彼にしのいでもらうしかない。とにかく祈りましょう」

モニター越しに初めて異形のものの姿を眼にする。


「ピッチ、異形いぎょうのものって・・・」


「そうです。あの群衆こそが異形のもの、猫であって猫ではない意思なき異形の生命体です」


 コウはモニターに映し出されている集団と「異形のもの」という言葉との間に大きな隔たりを感じた。異形のものという言葉から連想していたのはもっとおぞましい姿の魔物のような生物だったからだ。

 ところが、ピッチが異形のものに違いないと言い切った群衆はなんだか拍子抜けするほどの愛らしいルックスで、恐ろしい生き物というにはほど遠いように思われた。


 猫だった。それは少し変わった猫。翼を持ち浮遊しているもの、熊のように大きいもの、リスのように小さいもの、見慣れないが猫に違いなかった。


「あれが?異形のもの」


 不穏な状況下にいながらも、内心コウはかわいいと思ってしまった。だが、おいそれとは口には出せない。何しろピッチをはじめ、この国の猫たちにとっては脅威以外の何物でもないという様子なのだから。


 どどどどという異形のものが地上をかける音。その振動。ピカッと光ったかと思うと地割れでも起こしたかと思われるほどの地響きと衝撃音。見た目とは裏腹に強大な力を持つ悪の集団ということなのだろうか。


 避難してきた猫の群衆に紛れてモニターを見守っていると、ふいに甲高いブザーの音が室内に鳴り響いた。ブザーが消えて一拍ののち、聞き覚えのある低い声が聞こえてきた。


「緊急警報!緊急警報!マタタビスタ共和国諸君。こちらにゃんこセンターのスピカ・ゼニス・ラマラウである」


 室内の猫たちが少しざわつく。


「まだ避難していない者は、ただちに最寄りの地下シェルターに避難してください。現在、共和国内に侵入している集団はかねてより噂のあった異形のものという存在である可能性が高い。決して外に地上には出ないように」


 異形のものという言葉に猫たちのざわつきが増した。


「静かに!」


 ピッチの鶴の一声。放送はまだ続いている。


「衛兵は緊急時の特別厳戒体制マニュアルに基づき、担当箇所へ就いておるであろうが、まだの者は急ぐように。現在、エーテル研究所にて魔断のエーテルの準備が行われておる。国民諸君にはご安心いただきたい。もう少しの辛抱である。努めて冷静に。冷静に」


 にゃんこ先生は、その後同じ内容を二度繰り返した。さすが導きの職掌というだけあって、その放送のあと猫たち全体に連帯感のようなものが広がっているように見受けられた。


(まさにカリスマって感じだな。にゃんこ先生は。)


 士気が高まった様子の猫の群衆は、モニターを見て「やれ」とか「それ」とか「頑張れ」などと口々に言っている。防空壕のような室内のどんよりとしたイメージから一転、スポーツバーのような様相を帯びてきた。


「頑張れ兵隊猫さんたち!頑張れトワイライト君!」


 ブエナも隣で叫んでいる。

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