6.混沌(1)

6. 混沌




「参りましょう。コウ様、地下シェルターへご案内いたします」


 肩で息をしていたヘルメット兵士猫は呼吸を整えると、コウを非難させるように促した。地下シェルターというからには地下にあるのだろう。さきほどシュウと供に上がってきた螺旋らせん階段を今度は逆回転しながらやや小走りで駆け下りていくことになる。


 コウは自分の身に起きている事態に、言いようのない不安を覚えながら前方を走る兵隊猫についていく。


「ピッチ君!」


「ピッチで構いません、コウ様」


「え、ごめんじゃあピッチと呼ばせてもらうね、もちろん僕もコウでいい」


「それはできませぬ、コウ様。それより何かご質問が?」


「うん、僕は大変な事態に巻き込まれているんだと思うんだけど、こんなの日常的なことなのかい?」


「非常事態です、コウ様。どこまでセンター長からお聞きになっているかわかりませんが、異形いぎょうのものについては?」


「いや、全く。異形のものっていうのは一体何者なの?」


 一人と一匹が駆けている階段もときおり地震のように揺れる。先ほどのような爆発音が時折鳴り響くのが遠くで聞こえる。建物の中にいた猫たちも、元いた部屋を出てみんな一斉に地下を目指しているようだ。数百体の異形のものがうごめく隊列の地鳴りのような足音にまぎれ、一定の間隔で起こる揺れと爆音にそこかしこで悲鳴が上がる。


「どうご説明すればよいのか。異形のものといっても根本的に我々と変わりませぬ。見た目はほとんど猫であり、ですが猫ではない、そんな生体です」


「猫だけど、猫じゃない」


「そうです、コウ様。対話など通用しない恐ろしい生き物だと聞いています。まるで意思などないかのように、次から次へと我々のような猫を襲うと聞いています。そして襲われた者はみな異形のものになってしまうと」


「聞いていますって、君は見たことがないの?」


「実物を見たのは初めてです。先ほど物見やぐらで警備の任務にあたっていたら、市街に侵入しようとしている集団を遠目に見ました。まがまがしいオーラを漂わせる恐ろしい生き物でした」


 ちらちらと後ろを振り返りながらピッチは続ける。


「ほんの数年前のことなのです。南方の大陸より異形のものの噂が流れてきたのは。ある国は壊滅かいめつした。ある国は異形のものを束ねる者と協定を結んだ、などと様々な噂が流れました」


 壊滅、日常では耳にすることなどほとんどない異質な単語に恐ろしい想像が膨らんでいく。


(どうして僕がこんな目に)


「このマタタビスタ共和国は、小国ながらも導きの職掌しょくしょうスピカ・ゼニス・ラマラウ様の加護もあり、平和で美しい学問の国として静かに安寧を保っていましたが、それを揺るがす脅威への対抗手段として魔断のエーテルの研究・開発を急ピッチで進めました。

 先ほどのシュウの姉キュウはそのエーテル研究所でシェルストレーム所長の元で働いています」


「そう、なんだ」


 小走りで移動しながらピッチの口から淀みなく語られる事柄は、コウの日常生活とはおおよそかけ離れた現実感のない内容だった。


「その、エーテルっていうのは?」


「エーテルですか、もともとエーテルというのは十年ほど前にシェルストレーム様が発見された自然エネルギーの一つなのですが、それについては事態が落ち着いてから、キュウより詳しくお聞きになられたほうがよろしいかと。今は急ぎましょう」


「わ、わかった」





「こちらです、コウ様。どうぞ中へお入りください」


 ピッチに促され入った部屋は、薄暗い部屋だったが、既にたくさんの猫たちが避難していた。その部屋には奥の壁面にたくさんのモニターがあり、猫たちはモニターに映し出される地上の様子に見入っている。部屋の広さは、先ほどの食堂ぐらいの広さなのだが、地下シェルターというよりは小さな映画館を思わせるような空間だった。


「さあどうぞ、おかけください」


とピッチが通してくれたのは、映画館でいうところの最後部の左側の部分でそこにはエル字型のベンチのような腰掛けがあって、見覚えのある猫が心配そうにモニターを見つめながら座っていた。


「ブエナちゃん?」


 コウが呼びかけると、食堂で会った元気印の看板猫はパッと表情を輝かせてすっくと立ちあがり、


「コウ様!ご無事でしたか⁉」


と歩み寄ってきた。今朝出会ったばかりだが、旧友に再会したような気分になりほんの少し緊張感がほぐれた。


「うん、僕は大丈夫。ピッチ君がここまで連れてきてくれた、あれ、バル・カンさんは?」


「父は・・・料理長は、厨房に残ると言ってました」


「厨房に?」


「はい、そんなことはいいから今は避難するべきよと説得したのですが、料理作るのが私の仕事、長期戦になったらご飯必要と言って聞かないのです」


「そうだったんだね」


「はい、そういう父です。でも父なら大丈夫だと思います。いざとなったら剣術も達人級だといつも言っています。エーテルブレードは厨房にも用意がありますから」


 にっかりと微笑みかけてきた食堂でのバル・カンのことを思い浮かべる。でぶっちょコックは料理の腕が超人級なら、剣術も達人級という。素早く動く姿すら想像できない風体だったが。

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