3.にゃんこ先生とトワイライト(2)

「ちょっと静かにしてなさいよトワ」


「へへへ」


 トワイライトに悪びれる素振りはない。


「既にそちらのシュウから聞いている部分もあるかと思われるが、私から改めてお願いさせていただきたい。いまこの国はある脅威におびやかされようとしている。否、この国だけの問題ではない。この世界が邪悪なる存在によって滅亡の危機にさらされておるのじゃ」


 やはり、この老猫の雰囲気は異質だ。大きな帝国の国王とでも対峙しているような感覚になる。


 スピカ・ゼニス・ラマラウは続ける。


「どうかコウ殿には我々にお力添えをいただきたい」


 何事をも見通してしまいそうな深く濃い瞳、地鳴りを思わせるような声色、この長老猫のオーラに飲まれそうになりながらも、コウは思い切って発言をした。


「ちょっと待ってください!スピカ・ゼニス・ラマラウ様。お力添えも何も僕には特別な能力なんてない。ごく普通の高校生です。それに、突然こんな世界に連れてこられて、とても混乱していて」


 シュウをちらと見る。心配そうな顔でこちらを見つめている。


「そ、そのご飯はとてもおいしかった。ありがとうございます。でも、そのこと自体にも混乱していて、だって僕の世界の猫は料理なんてしないし、本だって読まないし、ましてや、喋ったり、二足歩行で歩くこともないから、服を着せられている猫はたまにいたとしても、当たり前に服を着て、靴を履いて、まるで人間のように生活している世界なんて想像の世界でしかありえない光景だから」


 いや、こんなことを話したいんじゃなくて、いま一番知りたいことは、


「僕は一体どこにいるんですか⁉そして僕は元の世界に戻れるんですか⁉」


 寒くもないのに額に汗がにじむ。緊張からか、興奮からか。

 スピカ・ゼニス・ラマラウが答える。


「うむ、混乱されるのも無理はない。その前にまず、私の名前は長いであろうから、皆が呼ぶように呼んでくださってかまいませぬ」


 トワイライトが合いの手を挟む。


「センター長とか、にゃんこ先生、とかね」


「うむ、まずはコウ殿の問いに答えなくてはなりますまい。当然、コウ殿がお帰りいただけることは間違いない。それはご安心いただきたい。コウ殿の世界と我々の世界はつながっておる。ゲートが常に開いているというわけではないのじゃが」


 コウは昨夜の魔刀まがたな神社での光景を思い出していた。二匹の猫を追いかけて目の前に突如現れたまばゆい光を。


「そして、恐らくコウ殿が心配されていることであろうが、コウ殿にとってコウ殿の世界は止まっておる。つまり、こちらの世界はコウ殿の世界と並行的に動いているわけではないということじゃ」


「並行的に動いているわけではない・・・」


「そうじゃ、だからコウ殿は元の世界において失踪者になってしまっているということではないのじゃ。その点もご安心いただきたい」


「そう、なんですね」


 家族や友達の顔が浮かぶ。そして恵子ちゃんの顔が浮かぶ。にゃんこ先生の理解できるような、できないような不思議な話。とにかく自分は元の世界へと帰れることは違いなくて、行方不明になってしまった僕を皆で探すような事態にはなっていない。まだ半信半疑だけど、戻れると断言されて、少し心の強張りがほぐれていく。ただ、誰も自分のことを心配している人がいないのだと思うと寂しいような気もしたけれど。


「うむ、必ずコウ殿を無事にお戻しいたすことを約束する。どうしてもコウ殿の力が必要なのじゃ。この通りじゃ」


と言って、センター長はまたも頭を下げた。

もう、割り切るしかないと思った。無事に戻すという言葉を信じてとにかく彼らの依頼を聞いてみよう。


「わ、わかりました。それで、僕は一体何をすれば?」


と言うと、三匹は互いに目を見合わせ安堵しているような様子を見せた。

 

しかし、次の瞬間その様子は急変する。にゃんこ先生が、


「ありがとうございます。我々を脅かす・・・」


と言いかけた矢先の出来事だった。

 突然、窓の外がピカッと光ったかと思うと物凄い爆音が鳴り響いた。雷鳴というよりも、隕石か何かの巨大な物体が落ち、地面に衝突したかのような音。そして振動で部屋が揺れた。本棚からボタボタと本が落ちる。三匹と一人は慌てて窓際へと向かう。


「まさか、街の中へ⁉」


と言ったのはシュウだった。トワイライトは先ほどとは打って変わって険しい表情をしている。

 また窓の外が光った。一筋の閃光が空を切って落ちていくのが見えた。またも激しい衝撃音。建物全体が揺れる。コウはそのとき初めて猫たちの街の様子を目にした。しかし、先ほどまで陽光が差し込む快晴だった外の世界は一変し、暗雲が立ち込め光は閉ざされ、雷鳴が轟き、雨が降っている。紫色に怪しく光る雲と空を見つめながら、言いようのない不安が胸いっぱいに広がっていくのを感じていた。

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