3.にゃんこ先生とトワイライト(1)

 3.  にゃんこ先生とトワイライト



「自治区内ではまだ観測されていませんが、星流湖界隈では異形いぎょうのものたちが目撃され始めました。幸いマタタビスタの住人が危害を加えられたとの報告はまだありませんが・・・」


「うむ、ご苦労であった」


 部屋へ入る、何やら話し込んでいた様子の二匹がこちらを見る。

 シュウは黙礼もくれいをする。二匹は部屋の中央にある円卓にかけていたが、コウとシュウの姿を確認すると静かに立ち上がった。どちらの猫も微笑んでいる。一匹は老いた猫、杖を持ち濃紺の袈裟けさのようなものを着ている。そしてもう一匹は若い猫。赤紫の服を着たその若い猫には見覚えがあった。魔刀まがたな神社で出会ったのは、もしかしたら・・・。


 ぐるりぐるりとらせん階段を2周ほどして、連れてこられたのは書斎のような部屋だった。書斎というには広いのだが、四方を本棚に囲まれているような部屋だった。中央には円卓と椅子が数脚。奥の方にエル字型の机。先ほどの食堂ほどではないものの、窓も大きくて陽光が差し込む。


「どうぞ、こちらへ」


というシュウについて、部屋の中央へと進む。


「こちらがスピカ・ゼニス・ラマラウです。このマタタビスタ共和国の国家の中枢であるにゃんこセンターで、国家の頭脳として皆を導く役目を担っております」


とシュウに紹介された老猫は低く落ち着いた声で、


「はじめまして、コウ殿。よくぞこのマタタビスタにおいでくださった」


と言った。微笑んでいるように見えるのだが、コウは目を合わせた瞬間にギュッと身体が硬直してしまうような感覚を覚えた。


(この猫は一体何年生きているのだろう)


相対して、人間でもこれほどまでに何か心の奥底を揺さぶられるようなオーラを持つ人に、これまで出会ったことはない、と思った。かろうじて、


「あ、はい、初めまして」


というと、今度はその隣にいた猫が快活なトーンで、


「よぉ!コウ、よく眠れたか」


と聞いてきた。見た目の雰囲気はシュウとよく似た白猫だがシュウよりも少し大きい。シュウのような額の紋章はないが、頭頂部だけが銀色の毛で、その眼は右目が淡いグリーン、左目が淡いブルーのいわゆるオッドアイだった。美しい瞳の真ん中には真っ黒に輝く虹彩こうさい。人懐っこい表情でこちらを見つめてくる。


「こら!トワ、コウ様にそんな言葉遣いをしてはいけないわ」


 シュウが注意をしたが、意に介さない様子で、


「まぁ、そんなに堅苦しくなくたっていいじゃないかシュウ、これから供に旅をするパートナーなんだからさ、な!コウ?」


「え、旅?」


 またも、突然の話に戸惑う。


「もう、まったくトワったら、コウ様すみません。失礼な物言いを。彼はトワイライト。私と供にセンター長の手伝いをしております」


「あ、うん。トワイライト君?」


「トワ、でいいぜ」


シュウはこのトワイライトという猫の、僕に対するくだけた態度が許せないのだろう。きっと睨みつける。トワイライトはそれでもふざけた様子で、


「おー、こわこわ、さすが女帝」


などとからかっている。

 二匹の様子を穏やかな表情で見ていた老猫ろうねこが、


「まぁまぁ、ささ、どうぞおかけください」


 と着座を促すので、


「あ、はい」と応じ円卓にシュウと並んで腰かけた。


「コウ殿、まずもって深く御礼を申し上げるとともに、半ば強引な形で我々の世界に来ていただいたことをお詫びいたしたい。この通りである」


 老猫に頭を下げられ、コウは恐縮した。


「あ、いえ、その」


「昨日、コウ殿にとって昨日という意味ではあるが、あの夕暮れの魔刀神社でコウ殿をお待ちしておったのが、こちらにおるトワイライトとシュウであった」


 やっぱりそうだったのか、コウはトワイライトとシュウを見つめ昨夜の情景を思い浮かべようとした。暗かったけれど、外灯の下で最大限近づけたときに確認できたのは、確かにこのような服を着た白猫だったと思う。トワイライトが口をはさむ。


「悪かったなコウ。事情を説明している暇はなくてな。急に俺らに話しかけられたところで戸惑うだけだろうしな。コウの世界じゃ猫はしゃべらないんだろ?」

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