2.にゃんこ食堂(2)
「ブエナちゃん、今日も元気いっぱいね」
とシュウ。ブエナを見つめる眼差しは妹でも見るかのように温かい。
「はい、元気だけが取り柄ですから!相変わらず、料理長には怒られてばっかりですけどね。てへ」
おどけたように肩をすくめる三毛猫ブエナ。
「っといけない、のんびりしてたらまた怒られてしまいます。はい、コウ様こちらが本日の朝食メニューとなります」
といって、手早くコウの前にプレートを置くと料理を並べていく。
並べられていく料理を見てコウは驚いた。どれもこれも、猫が作ったとは思えない代物だったからだ。
(これを猫が作ったっていうのか)
まずは食堂へまいりましょう、ということでついてきたはいいが、どんなものを食べさせられるか知れたものじゃないなと思っていた。あるいは、もしかしたら、食堂とやらには人間がいるのではないかという淡い期待もあった。けれども、人の気配は感じられない。いたのは、猫、猫、猫、そして猫。
とはいえブエナという猫が配膳してくれたのは、とても食欲をそそる香りをした魚料理だった。
「こちらは鯛めしです。そしてこちらが松茸のお吸い物です。それから本日のお漬物はかぶでございます。食後にみかんをお召し上がりください。はい、これを使ってくださいね」
と言って渡されたのは木製のスプーンだった。スプーンといっても先端部がフォークのようになっている。
「お吸い物からどうぞー」
どうぞと言われてすぐに食する勇気はなく
「う、うまい!」
コウは思わずうなってしまった。かなりお腹が空いていたのもあるけれど、こんなに美味しいお吸い物なんて飲んだことがない。ほんの少しだけぬるいような気はするけれど。
その様子を見てブエナは素直に喜んだ。
「良かったぁー、ブエナどっきどきでした。鯛めしのほうも食べてみてください!」
促され、大皿に乗った鯛を見るが、ブエナの言うようにご飯はない。
「鯛めしっていうけど、めしなんてどこに?」
ふふふと笑うブエナ、
「真ん中から豪快にいっちゃってくださいな」
大量の薬味が盛られている鯛からは生姜の香りがしている。この旨そうな香りはたまらない、ブエナが言うように真ん中にスプーンフォークの先端を突き立てえぐってみると、ふわりとした魚の白身の壁の向こうからごはんが出てきた。
「うわー、本当だ、鯛めしだ」
「ふふふ、ささ、どうぞどうぞ」
「う、うん」
一口ぱくついてみる。
「うーん、うまい!」
口の中になんだかとても上品な味わいが広がる。料理に無頓着なコウには一体この料理をどのようにして作るかなどわからないが、これは元の世界でも相当レベルの高い水準にあるであろうことを感じた。もしかしたら、自分は言ったことなどないけれども、大人たちが行く料亭という場所ではこのような料理が食べられるのだろうか。そんなことを思った。
とにかくうまい。気づくとコウは無我夢中で鯛めしを食していた。
こんな料理を猫が?さっきのでぶっちょコック猫が?凄すぎる!バル・カンさん凄すぎるよ!
コウが旨そうに食べる姿を二匹は楽しそうに見つめていた。
「コウ様、慌てなくても大丈夫ですよ。うふふ」
とシュウ。
「あ、うん、ごめん、つい」
ブエナは、
「料理長も喜びます。お漬物も是非食べてみてくださいね。それからみかんも、これはビノベッツから今朝送られてきた最高級のみかんですので!では、これからまた忙しい時間になりますので失礼いたします!」
ぺこりと頭を下げて、厨房のほうへと戻っていった。鼻歌を歌い、スキップでもしているかのようにキャスターを押し、途中テーブルにぶつかったりしていた。
「驚いたよ、こんなに美味しい食事は、その、僕の世界でも食べたことがない」
「うふふ、それはよかったです」
鯛めしを夢中で食べ、お吸い物をずずずと途中で飲み、その間にかぶの漬物をバリバリと食して、あっという間に平らげた後で、コウはブエナが最高級のビノベッツ産と言ったみかんを頬張っていた、ビノベッツというのが一体どこのことかはわからないけれど、
知らず知らずのうちにコウはこの特異な状況への緊張感が薄れてきていた。
甘いみかんの実を噛みながらシュウを見て、窓の外を見て、兵隊猫を見る。シュウは食事中も優し気な瞳でこちらを見つめていた。窓の外は抜けるような青空に雲一つない晴天。緑の山並みが広がっていた。兵隊猫たちは先ほどよりはちらちらとこちらを見る者が少なくなっていて、食事に集中している。どうやら自分と同じものを食べているようだ。
朝食にこんな絶品料理を食べる猫。そしてこれを作る猫。しゃべる猫、立って歩く猫。本を読む猫。礼儀正しい猫。謎の世界。不思議な世界に迷い込んでしまったことには違いないが、ちょっと面白いな。面白いけど、
「シュウ、ありがとう、ごちそうさま。さあいこう」
面白がっている場合じゃない。違和感をなくしている場合じゃない。
「はい、参りましょう」
そういうとこちらの考えていることを察したのか、シュウは速やかに立ち上がった。
そして、コウが食べ終えた食器ををプレートごと両手で持ち、「少々お待ちください」と言って厨房の方へ歩いて行った。どうやら食器は食べた後に自身で返却するのがルールらしい。
後方の出入り口から部屋を出ると、なんと食堂の前には大勢の猫たちが並んでいた。先ほど自分たちが入ってきたドアは締め切りになっていて、そこから長蛇の列ができている。ガヤガヤとそれぞれに会話をしているようだが、コウが出てきたのに気付くと歓声が上がった。
「救世主様だ!」
先ほどの兵隊猫たち同様、嬉々とした様子でキラキラと輝く視線とともに大歓声が巻き起こる。コウは驚きとともに、気恥ずかしさを感じた。(芸能人の出待ちでもあるまいに)
「まいったな」
ひとり言のようにつぶやく。
「混乱を避けるため、彼らは食堂への入場を制限させていただいておりました。先ほどの兵士たちはこの後、星流湖への探索任務を控えておりますため優先させていただきましたが、お許しくださいませ」
とシュウ。どうやら彼らの最大限のおもてなしのために、自分が食事を終えるまで食堂へ入れなかった猫たちが大勢いたようだ。それはなんだか申し訳なかったな。
「お気になさらず、さあ参りましょう。センター長のもとへ」
猫の行列を背に、シュウについて上階へと続く緩やかならせん階段をのぼりはじめた。少し行くとブエナの快活な声が響いた。
「お待たせしましたー!順番にどうぞー」
振り返ると、猫の群衆はなだれ込むように食堂へと吸い込まれていく。あの食堂には入りきらないんじゃないかなと思ったが、
「ふふふ、今日のおめざは大人気のフォレオフィッシュバーガーだから、みんな張り切っているわね」とシュウが言うので、どうやら全ての猫が食堂で食事をするわけではないということがわかった。
それにしてもフィレオフィッシュバーガーって。鯛めしとお吸い物とは随分かけ離れてるなと思ったが、あのバル・カンが作るそれは一体どんなものなのだろうということの方が気になり始めていた。
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