2.にゃんこ食堂(1)

2.にゃんこ食堂


 シュウについてゆるやかな螺旋らせん階段のようになっている通路を歩く、どうやら塔のような構造の建物にいるらしいことはわかった。反時計回りにぐるりと建物を回りながら上階へと向かっているらしい。先ほど自分がいた部屋は外部に面していたようだが、廊下には窓がなく外の様子はわからない。

 途中、何部屋か通り過ぎたが、そのうちの一つは扉が解放されていて、廊下からでも何の部屋かがわかった。

 そこは図書室だった。たくさんの蔵書が所狭しと並んでいて、何匹かが集中して書物を読んでいたり、棚の間を動いているのがちらりと見えた。それらの猫たちは、シュウと同様服を着ていたし、立っているものは靴を履いていた。そして二足歩行で歩いていた。

 どうやら自分は本当に猫の王国に迷い込んでしまったらしい。人間はいないのだろうか。本を読む猫がいる世界。まさかそんな世界があるなんて。



 先ほどシュウが食堂といった部屋へはすぐついた。部屋の外から、すでにコウの空っぽの胃袋を刺激する抜群にいい香りが漂っていた。猫が料理をするというのだろうか。調理をしている猫の姿など想像しがたい。もしかしたらここには人がいるのかもしれないという淡い期待が生じる。

 足を踏み入れると、そこはまさに食堂だった。広さはコウが通う学校の教室ぐらいはあるだろうか、先ほど寝かされていた部屋よりはかなり広く、壁面は大きなガラス窓になっているので、日差しが入りこみ明るい。



 部屋にはすでに十数匹ほどの猫がいた。一つのテーブルを囲み食事をしている。コウは驚いた。猫たちはきっちりと椅子に着座し、目の前に並べられた料理を旨そうに食している。何を食べているのかはわからないが、料理は皿のようなものに盛られ、スプーンのようなものをその手に持ち、まるで人間のような動作で食事をしている。座っているので、はっきりとはわからないがその猫たちはシュウよりは一回りサイズが大きいように感じられた。一様に鎧のようなものを着ている。彼らは兵士ということなのだろうか。

その内の一匹が入り口に現れたコウの姿を見つけると、突然、


「救世主様だ!」


と叫んだ。


 すると、パタリと食事をやめ、十数匹の猫が一斉に立ち上がったので、コウは一瞬身構えた。猫たちはみな嬉々とした眼差しをこちらに向け、歓声を上げはじめた。


「救世主様だ。救い主様がきてくださった!」


などと口々に言葉を発している。かなり興奮している様子だ。

 彼らの異様なたかぶりに戸惑い思わずシュウを見つめるコウ。シュウは落ち着いた様子で、優しく微笑みで応じると、今度は彼らを一喝した。


「静かに!」


 それは、一体この愛くるしい白猫のどこにそんなパワーがあるんだと思わせるほど、コウもたじろいでしまうような大声だった。たったその一言だけで、興奮した猫たちは一瞬にして静かになり、ただちに着座した。

 押し黙り、また食事を始めた猫たちはちらちらとこちらを見ている。よく見るとそれらの猫も愛嬌のある顔をしていて、まるでいたずらを咎められてシュンとなってしまった子供のような様子に少し可笑しみを感じた。

 シュウは「すみません、コウ様」と言うと今度は、


「バル・カンさん!」


とまた大きな声で叫んだ。またたじろぐコウ。

 シュウの一声のあと、コウたちが立つ食堂の入り口より右手奥のほうから、「あいよー」と返事があり、ぬっと一匹の虎柄の猫が現れた。そして満面の笑みを浮かべながらこちらへ近寄ってくる。その猫は明らかにコックの服装をしていた。白い調理服にエプロンを腰の位置できゅっと結び、やたらと長いコック棒をかぶっている。その手には大きな出刃包丁が握られていてコウは思わず後ずさりをした。コウの様子は意に介さず、目を細めたままにっかりと笑うコック猫は独特のしゃがれた声で、自己紹介をした。


「初めましてね、コウさん。待ってましたよ。わたしバル・カンといいます。バルさん、カンさん、バル・カンさん、みんないろいろ呼ぶね」


 ギラリと包丁が光って見えるので、コウは腰が引けたままだったが、


「あ、は、初めましてコウです。山吹光です」


と応じた。


「もちろん知ってるます。頑張ってください」


この猫の言葉遣いはちょっと変だ。まるで片言の外国人のような話し方をする。


「コウ様、バル・カンはこのにゃんこセンターの料理長をしております。料理の腕はぴかいちですのでご期待ください」


とシュウ。バル・カンはにっかりと笑ったまま、


「お口に合うかわからないけれど頑張って作る。おいしいもの作るは私の使命。国守るはみんなの使命。ごめんねコウさん、ちょっと忙しいから失礼します。ごゆっくりどうぞね」


 そういうとぺこりと頭を下げ、踵を返し厨房へ戻っていった。


「コウ様、こちらへどうぞ」


 シュウに促されコウも席に着いた。小さなテーブルと小さな椅子。

 この部屋が学校の教室だとしたら、兵隊猫たちは教卓から向かって右手の最前列付近の一角で食事をしているのだが、コウが通された席は、真ん中の最後部、仮に教卓があるとしたら教師が真正面に見える席に当たる。自分の通う学校でもコウの席はその辺りで、一つ前の席にバンスケがいるという配置だった。だから毎日バンスケと机を突き合わせて弁当を食べていた。だが今はバンスケではなく、おでこに三日月模様のある白猫が座っている。


 カナリアイエローの三日月猫は、相変わらず優し気な表情で自分を見つめている。猫に見つめられて恥ずかしいというのも不思議な感覚だが、シュウに凝視され続けると少し落ち着かない。それで、視線を外すと今度は左手前方の猫兵士たちがちらちらとこちらを見ている。視線がかち合いなんともいたたまれない。

 クラスでも、部活でも目立たない存在だということは自覚しているし、注目されることに慣れていない。相手が猫とはいえ、やはり落ち着かない。

 たまらず、口を開く。


「僕は歓迎されているのかな」


「はい、先ほどは申し訳ございませんでした、コウ様。そうです、みな喜んでいるのです」


「そ、そうなんだ。いや、お呼びでないということよりはいいんだと思うんだけど、驚いちゃって」


「そうですよね。理解いたします。何もかもコウ様にとっては見慣れぬ光景。出会うものすべてが敵か味方かもわからない。そのような状況下においでいただいているのだということ。しっかり理解はいたしております。ですが、すみません。至らぬ点もあるかと思われますが、我々は最大限のおもてなしの心を持ちコウ様をお招きさせていただいております。その点だけは信じてくださればありがたいのですが」


 気遣わし気な視線とともに、柔らかい口調でシュウにそう言われると、詰問きつもんしたり、責めたりなどという気は起きないのだが、目の前に起きている出来事の全てに驚き混乱しているのは事実だった。

 そして最大の問題は「帰れるのか」ということであって、歓迎されているのかどうかということはまた別の問題なのだが、思いがけず辿りついてしまった異世界で明らかなる敵対勢力と突如戦わなければいけない状況に追い込まれてしまうような事態ではない。お腹が空いているでしょうから、まずは腹ごしらえをして、その後で自分たちのリーダーに引き合わせるということなのだから、言うとおりにするしかない。そして実際、コウの空腹は限界を超えていた。




 テーブルについて十分もしないうちに、料理が運ばれてきた。今度は料理長ではなく、また新たな猫のおでましだ。背丈はシュウよりも小さいだろうか。背丈ほどの配膳台をガラガラと押して現れたその猫は、どことなく幼さを感じさせるのだが、料理長バル・カン同様、白いコックコートを着て、帽子をかぶっている。その帽子が変わっていて、白くて浅いキャップのような形をしているのだが、耳のところだけ穴があいていて、2つの猫耳がちょこんと飛び出ていた。飛び出している左右の耳の色が濃さの異なる茶色で、顔も白と薄茶色とこげ茶色が混じる三毛猫だった。


「おはようございます!コウ様。お待たせいたしましたー」


と突き抜けるような元気のよい挨拶をされ、


「あ、おはようございます」


とコウも返した。


「料理長のアシスタントのブエナです」


シュウが紹介をする。


「はい、どうもー、ブエナといいますー。バル・ブエナです。ブエナちゃんと呼んでくださいましー」


「バル・ブエナ?ブエナちゃん・・・」


「おっとー、早くもピンときちゃったみたいですね!さっすが救世主様。そうです、私は料理長バル・カンの娘なのです」


 三毛猫ウェイターは聞いてもいない質問に元気いっぱい答えると、にっかりと笑ってコウを見つめた。確かにこの笑みは先ほどのコック猫にそっくりだ。毛色は違うようだけれど。

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