1ヶ月後
第1話 ダンジョン・新宿駅に踏み出せない紅子ちゃん
後ろからやって来た男性に突き飛ばされた。
二、三歩よろめいて前に出たところで、紅子は硬直してしまった。
人が、多すぎる。
新宿駅――さすが、日本の誇るダンジョンの雄だ。
「渋谷駅より数倍マシ」「いざとなったら回収しに行く」と説得され、最終的には「小田急を下りて改札を出たら動かなくていい」とまで言われてやって来た新宿だ。言いつけどおり小田急の改札から離れないようにしている。けれど、はたしていつまでもつだろうか。
紅子の目の前は人の行き
意識が遠ざかりかけたその時、周囲を見回しながら近づいてきた者があった。
紅子は泣きそうになった。
「ノン……!」
「あ、いた。ごめんごめん、待たせた?」
紅子はむつみに駆け寄ると、むつみの胸に思い切り拳を叩きつけた。
むつみは平然とした顔で受け止め、「よっぽど怖かったんだね、よしよし」と笑った。
相変わらず余裕ぶったところが腹立つ。紅子の感じていた恐怖などまったく伝わらないに違いない。
「ノンはなんでそんなに大きいんすか……!? めっちゃ普通に頭出てるじゃないすか、すぐ分かりましたよ……!」
「うん、ごめん、紅ちゃん、ちっちゃくて埋もれてるし、髪の毛の色変わってるし、実は一回ここ通り過ぎました」
「うああああ! すっごい、すっごいすっごいむかつくーっ!!」
「ノンくん、紅ちゃん?」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、恵人が涼しげな格好で微笑んでいた。
「わああああ! ケイティ!」
「良かった、紅ちゃんだった」
紅子は思わず恵人に抱きついた。恵人が「どうしたの、何かあったの?」と穏やかに問い掛けてくる。
「新宿、新宿怖いっす! めっちゃ人いるじゃないすか! あたし呼吸困難になるかと思いました!」
「そうだねぇ、今見てて、新宿駅って小柄な子にはハードな場所なんだな、ってようやく気づいたよ。今度からは違うところで待ち合わせしようね」
「わぁんっ、ケイティ好きっ!」
むつみが「え、僕と態度違い過ぎない?」と眉根を寄せた。恵人も紅子も無視した。
紅子の頭を撫でつつ、恵人が「髪色変えたの?」と囁くように問い掛ける。
「長野では真っ赤だったのに、真っ黒になってるから。一瞬、ノンがその辺で適当に引っかけた女の子だったらどうしようかと思ったよ」
「紅ちゃんといいケイティといい僕に何か恨みでもあるんですか?」
紅子は恵人から身を離しつつ、「もう学校始まっちゃったんすよ」と答えた。
時はすでに八月も終わりだ。今日は日曜日だから県外に脱出できたのであり、実は、紅子の高校は先週の金曜日から授業が始まっている。
「そっかー、紅ちゃんの行ってる学校厳しいんだもんねー」と言った恵人に、紅子は三度も頷いた。
「ホントは真っ黒もちょっとヤなんすけどね。あたし、地毛もちょっと明るいから、真っ黒も真っ黒で染めてる状態なんすけど。地毛で行っても染めてるでしょって言われるんすよ……」
「あー、分かるー。僕もそう、全身が色白だと頭も若干茶色っぽくなるよねー。僕も高校の時は男のくせにチャラチャラしてーって言われて教師に竹刀で殴られたりもしたよ、今は本当にちょっと脱色してるから地毛より微妙に明るいんだけどね」
「竹刀!? ぎゃーなにそれ怖いーっ」
むつみが「群馬より長野の方が野蛮じゃないか」と小声で言うと、恵人は「山の向こうは群馬だったけどね」と返した。むつみはそれ以上何も言わなかった。
「とりあえず移動しようか、いつまでもこんなところに突っ立ってたら疲れちゃう」
紅子は素直に「さんせーい!」と答えた。
むつみが「どこに行きます?」と問い掛けると、恵人が「ふふふ、大船に乗ったつもりでついて来なさい」と笑う。
「新宿は庭だからね」
「そういうことを言っているとまた旦那さんに殴られますよ」
「うちの夫婦喧嘩の話はやめなさい。あともう何年もいかがわしいところには行っていないのでこれ以上紅ちゃんの前で誤解を招くようなことを言わないでください」
迷子にならないよう恵人の腕をつかみつつ、「どこ行くんすか」と訊ねた。恵人は微笑んで「涼しくて人が少ないお店」とだけ答えた。むつみは後ろで一人口を尖らせた。
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