第8話 むつみお兄さんと紅子ちゃんin厨房 2
「別方面から考えよう」と、むつみが話題を変えた。
「紅ちゃん、ケイトやニンファの出身地のことは聞いたことあるかな」
「出身地?」
「シズカさん、微妙に訛ってるよね」
シズカの口調を思い出す。確かに少しぎこちない。どこにどんな違和感があるのかはうまく説明できないが、むつみの言うとおりで、シズカの話し方は標準語でも関東の言葉でもない気がする。
「あの話し方、どこかで聞いたことがあるんだけど、どこでだったかな……。とにかく、シズカさんの喋り方は、無理して標準語を話そうとしているように聞こえる。だから、ニンファかケイトの出身地が分かれば、どちらがシズカさんなのかはっきりするかな、と思ったんだ――けど、」
「二人とも今は都内に住んでるとしか言わないんすよね」
「ですよね。二人とも初期メンバーだからね。そこは、用心深いよね……」
「ていうか、現住所の話はしても出身地の話は誰もしなかったんすよ。いや、あやはずっと埼玉っぽかったし、あたしもずっと湘南なんすけど。ロキも、神奈川県民だとは言ってたけど、ずっと神奈川なのかは知らないし、セントだって、アメリカに留学している、ってことは、留学するまでは日本のどこかにいた、ってことっすよね、ずっとアメリカ国籍ってわけじゃないんすよね……」
「そうだった。ロキは加藤清正を名乗るくらいだから熊本出身かも。で、就職か進学で上京して、今は横浜市民になっていた、ということかも」
聞き流しそうになってしまった。
紅子がまたもやフリーズしているうちに、むつみが、《露輝》からカトーに線を引いていた。
一直線だった。ボールペンの芯の動きにはためらいがなかった。
「……えっ、えっ!? カトーさんてロキだったんすか!?」
「間違いない」
むつみは断言した。
「カトーさんがロキだ。殺されたのは、ロキなんだ」
紅子は両目を丸く見開いた。
「えっ、何、えっ? どうし――」
「根拠は二つ。まず、一つ目。これは、どうしてみんな気づかなかったのか、もしくは気づいていたけど何も言わなかったのか――カトーさんの部屋には煙草のケースがあった。荷物からも相当な数の煙草が出てきた。P2で喫煙者と言えば?」
「ロキだけっす、それも一日に二箱吸うって――」
「そう。ロキは自分しか吸わないと分かっていたから、みんなの前では我慢して、自分の部屋でだけ吸っていたんだね。みんなの前で吸ったら、一発でロキだとバレてしまうから」
唖然としている紅子に、むつみが「もう一つ」と付け足す。
「これは僕とオサムさん、あと冴さんの三人しか知らないと思うけど。僕が勝手にカトーさんの財布を開けて免許証を取り出したの、覚えてる?」
二回も頷いた。むつみの神経の図太さに驚いた事件だ。
「自動車運転免許証にはね、住所が書かれているんです。引っ越しをするたびに必ず警察署に届け出て、書き換えないといけないんですよ。十八歳未満の紅ちゃんにはまだ縁遠い話だと思うけど」
「住所、確認したんすか」
「神奈川県横浜市だった。神奈川県民は紅ちゃんとロキだけだ」
《露輝》がカトー――清正だと思うと、《露輝》と清正の言動が完全に重なって見え始めた。あの、少し乱暴そうなところも、それでいてどこか詰めの甘いところも、清正は《露輝》そのものではないか。なぜすぐに気づかなかったと思ってしまうほど、清正は《露輝》だった。
「ここでまた疑問が増えてしまう」
むつみが言う。《露輝》と清正が結びついたことで一つ安心していた紅子が、現実に引き戻される。
「カトーさんがロキだったとして。なぜロキが殺されたんだろう」
紅子は瞬きした。
むつみは話を勝手に続けた。
「リセとロキの間にいざこざがあったようには思えない。リセはロキをケイトの後任として大事にしていたような気がした。ロキはまだ何か決定的に加担していたわけではなさそうだし、あの性格だと、リセにそういう話題を持ち掛けられたら簡単にのりそう。リセにとって不利益な行動を取るとは思えないんだよね」
「リセにはロキを殺す理由がない、ってことすか」
「そういうこと。むしろ、リセはロキを殺されて今頃不愉快な気分になっているかもしれない。何せ最近一番リセとの間で不穏な空気が漂っていたのはケイトだ、もしも僕がリセだったら、ケイトを殺してロキを後釜に据える」
背筋が震えた。むつみはそれに気づいて、「例えばの話だよ」と苦笑した。
「誰が、何の目的で、ロキを殺したのか。ロキを殺す動機があるのは誰なんだ……?」
紅子は一度唇を引き結んだ。
「……あや、かなぁ」
むつみが「あやさん?」と繰り返す。
「あや、絶対に許さない、って……」
「そう言えば……、手紙にはそう書いてたね」
途中で我に返った。慌てて手を振って否定する。
「って、それじゃホラーっすよね。あやはここにいないのに。なんか、呪い殺したみたいじゃないすか。呪いなのに撲殺とか、ホラーとしても変じゃないすか」
ところが、むつみはまったく笑わなかった。
「いや、それだ」
「へっ? どういう意味?」
「紅ちゃんが正解だ。そうすれば、ロキ殺しについては話が全部つながる」
「ありがとう」と言って、むつみが紅子の頭を撫でた。掻き混ぜるような動作に振り回され、紅子は「何なんすか、こども扱いしないでくださいよ、もう!」と抗議の声を上げた。しかしむつみはすっきりした笑顔だ。
「どういうことすか、解決したんすか」
「した。僕の中では」
「どうやって!?」
「今はまだナイショ」
「えええー」と大声を上げると、むつみが人差し指を立てて「しー」とたしなめた。またこども扱いだとむくれる。
「よし、続きをしよう。線つなぎクイズの続きだ」
「ちょっと、あたしにも分かるように説明を――」
「残ったのはコーヘイさんとオサムさんだな。うわー、どっちがリセだと言われても納得できそう、どうしようかな」
「二人とも今朝は厨房に来なかったし」と、むつみが言った。
「コーヘイさんが一番よく分からない人なんだよね。人目を避けている感じがする、一人になりたがっている感じで、話し掛ける隙がない。逆にオサムさんは少し目立ち過ぎかな、不自然なくらい明るく振る舞っている。でもやっぱり自分自身の話はまったくしていない」
「あの、あたし、完全に置いていかれてますけど」
「ロキのことは放っておいていいよ」
「いいんすか!?」
「僕の最終目標はリセを捕まえることだ。カトーさんがロキで、ロキを殺したのがリセでなさそうである以上、この件にさらなる労力を割く必要はありません。コスト削減です」
これ以上何かを言っても無駄そうだ。諦めて肩を落とした。
「まー、何でしょうね。性格だけを言うなら、オサムさんの方がリセっぽいっすよね。明るくて、能天気な感じ。オサムさん、見た目と中身のギャップ、超すごいし。それこそV系のバンドのヴォーカルかなって思ったのに、あの言動っすもんね」
「どうだろうね。僕はあの人はそんなに陽気な人じゃない気がしているけど」
オサムと一番よく喋っているむつみの発言だ。
驚いて「そうなんすか」と問い掛けると、むつみが頷く。
「あの人、怖いんじゃないかな」
「怖い――って?」
「たぶん、次に殺されるのは自分だと思っているんだと思う」
紅子が絶句している隙に、むつみが説明した。
「オサムさんは、この事件の真相をある程度把握しているんだよ。ロキが誰にどういう理由で殺されたのか、僕より先に答えを割り出している可能性もある。そして、もしそれが正解だったら、次に殺されるのは自分だ、と。オフ会に来ただけで好き好んで殺されたい奴はいないからね、オサムさんは殺される前に自己防衛をしなければと思ってわざと人目を引くように振る舞った」
「本名を名乗りたがらないのもそれが原因だと思う」と、むつみは補足した。
「冴さんが、人が死んでいるのにまだ仮名を名乗っているのか、と言った時、オサムさんは本名を名乗るのは危険だと言った。自分の氏素性をメンバーに知られたくない。知られたら殺されるかもしれないんだ」
紅子は黙ったままだ。
「そうなると、今度、オサムさんはわりと誰でもいいことになってしまうんだね。もしロキの殺人にあやが関わっているのなら、あやに犯罪者として名指しされたリセはもちろん、あやに相談事を持ち掛けられたケイトも、リセとケイトの顔を知っているニンファも――まあニンファは女性だと思うからここで挙げるのは適切ではないと思うけど――身の危険を感じているはず」
そこで、むつみは眉間に皺を寄せた。
「いや。犯人は紅ちゃん以外の全員を殺すかもしれないな」
「……え?」
「順番に殺していこうと思った時、優先順位第一位がロキだっただけかもしれない。僕らも用心した方がいいかもな」
呆然としている紅子の手首をつかみ、「もう少し仲間を増やそうか」と告げて立ち上がる。
「もう一人、確実に捕まえられる奴を捕まえて味方につけよう。仲間に引きずり込もう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます