第5話 むつみお兄さんと紅子ちゃんin《ぁゃ》の部屋 5

「紅ちゃんに、知っていたら教えてほしいことの二つ目、って、実は、ケイトのことだったんだ」

「ケイトの?」

「あやさん、追伸で、ケイトにだけは謝ってくれ、って書いていたよね」


 慌てて手紙を開いた。

 確かに、《KATE》を悩ませてしまったと、追い詰めたはずだと書いている。


「何について謝ってほしいのか、というのは、紅ちゃんは知らないんだね?」


 紅子は眉間に皺を寄せてしまった。


「具体的には、分かんないすね。たぶん、その、最後のイプの時に言ってた、ケイトに相談したいこと、っていうのが、関わってるんだろうなぁ、くらいしか……」

「それが、リセに関してなのか、ロキに関してなのか、で、ちょっと変わってくるような気がするんだけど――こればかりはケイト本人を捕まえて聞いた方が良さそうか。捕まれば、だけど」

「うう。ケイト、大丈夫すかねぇ……オフ会最後まで嫌がってたのってケイトじゃないすか……」

「そこはどうにかしてもらおう、ケイトはおとななんだから。しかも初期メンバーの一人だ、たぶんリセが何をやらかしていたのか知っている」


 それも、紅子には信じられない。《KATE》は本当に穏やかで、はっきりとした物言いを好む『姐御』の《ニンファ》より、包み込むように優しい『お姉さん』のイメージだったのだ。


「良心の呵責かしゃく、ってやつなんじゃないすかねぇ。ほら、なんか、リセに言いたいことがある、って言ってたじゃないすかぁ」

「そうかもしれないね。ケイトは真面目そうだし、やたら気を遣うという面ではちょっとあやさんに似ていたよね。もしかしたらケイトもリセに利用されていたのかもしれない。でも、ここまで辿り着いて手遅れになった以上は、もう、同罪でしょう」


 それ以上、紅子には何も言えなかった。


「で、紅ちゃんに聞きたいことが二つ」

「はい」


「一つ目。あやさんが、紅ちゃんはすごくリセに懐いてた、って書いてるけど、紅ちゃんとリセ、何か特別なことでもあった?」

「ないっす」

「早っ」

「だってリセ、喋るの面白いし。あと、創作屋としては、自分の作品を褒められるだけでめっちゃ舞い上がっちゃいますよ。あたし、リセのこと、大好きっす」


 《Lise》だけでない。《ニンファ》も《KATE》も《露輝》も《ぁゃ》も《晴》も《NONE》も、紅子はみんな好きだった。本当に、毎日楽しかったのだ。


「リセと一対一でやり取りしたことは?」

「そう言えば、ないっすね。リセもケイトと似てて、直で一対一でやり取りできそうなツール教えてくれなかったんすよ。や、送ろうと思えば《P2》のSメもツイッターのDMもありましたけど、使ったことないんす。イプもやっぱり字チャだけだったし――あと、リセがイプに来る時って、いつも誰かがいた気がする、複数人でのイプだった気がする」

「まあ、リセはそういう奴だろうよ。僕はそれすらしたことないけどね。でもとにかく、紅ちゃんとリセは、イプでやり取りしたことはあるんだね」

「何回か。ケイトとよりは多いっすよ」

「ちなみに、その時、リセの奴、うっかり自分の話をしたことはなかった? P2では言っていないようなこと」


 紅子は首を傾げた。紅子の中では、《Lise》の発言は《P2》でもスカイプでも一緒だったような気がするのだ。

 今になって思う。《Lise》はあえて情報を統一していたのだ。自分を特定させないために、個人的なことはわざとどうでもいいことしか喋らないようにしていたのだ。


 あんなにたくさん喋っていたというのに、《Lise》というひとの人物像は曖昧だ。陽気で社交的な女性であることしか、分からない。《Lise》がクラッカーであるということも想像できなかった。


「しょっちゅう新宿でニンファとご飯食べてる――っていうのはみんな知ってますもんね。リセ、ぜんぜん料理ができないから」


 むつみが「いや知らない」と答えた。むつみの真剣な目に、紅子は驚いた。


「ニンファとすごい仲良しで――」

「それは知ってる。そこから先。リセは料理ができないんだ?」

「そうっすよ。あれ、知りませんでし――」


 最後のスカイプを思い出した。《ぁゃ》が自分の家の別荘を使わないかと持ち掛けてきたスカイプだ。

 料理は、自炊、持ち込み、宅配のどれかになる、と《ぁゃ》が言った時、《Lise》が、食材があれば《KATE》と《ニンファ》が料理をするのでは、と言った。

 あの時だ。


「火が苦手、って言ってました」


 「火」と、むつみが繰り返した。紅子は深く頷いた。


「ロキがすごいヘビースモーカーだって話をしてた時も、リセ、ライターやマッチが使えないから自分は吸わない、って。ガスコンロも使えないから、リセの家のキッチン、ニンファしか使ったことがないとか」

「そこまで? それだと、火が苦手というより、火炎恐怖症みたいだね」

「ていうか、そうだと思います。子供の頃に火事に遭って、すごい火傷をして以来、ダメになった、って言ってましたから。打ち上げ花火とか火が完全についた状態の煙草とかなら平気なんすけど、めらめらっていう、炎、っすかね、炎の近くに行くと、喘息の発作みたいなのが起きるらしくて」

「それは……、大収穫だな。ありがとう」

「そんな重要な情報っすかね」

「超重要だよ。つまりリセは、昨日今日の二日間で一度も厨房に入ったことのない、あるいは入ってもコンロの近くに行ったことのない人物だということになる」


 紅子は目を丸くした。


「リセの野郎、紅ちゃん相手で油断したな」


 意地の悪い笑みを浮かべたむつみに、紅子が「野郎って」と投げ掛けた。むつみは「野郎だよ」と答えた。


「リセはネカマだよ。あれは絶対男だね」

「えっ」

「まあ、その話はおいおいしよう。先にもう一つ、紅ちゃんに教えてもらいたいこと」

「ちょっ、何すかその生殺し! 気になるじゃないすか!」

「紅ちゃんを質問責めにするターンが終わったら話すよ。その前に手紙に書いてあったこと」

「ううー……はい」


 下唇を噛んだ紅子に、むつみが最後の質問をした。

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