第3話 むつみお兄さんと紅子ちゃんin《ぁゃ》の部屋 3

「そこで、だ。――紅ちゃん、僕に協力してくれないか」

「あたしが……協力……」

「僕はP2では一番の新参者で持っている情報が極端に少ない。おそらく全員の氏素性まで知っているリセと戦うには圧倒的に不利だ。手札を一枚でも多く増やさないといけない」


 おずおずと頷く。


「どいつもこいつも紅ちゃんのことはただの女子高生だと思って自分のことをべらべら喋っていると見た。何でもいい。聞いたことを一つでも多く僕に教えてほしい」


 その次には、すぐには頷けなかった。本当に協力していいのか、紅子には即決できない。

 怖かった。

 むつみはとんでもないゲームの渦中にいる。

 このまま流され、手を貸して、巻き込まれていっていいのだろうか。ただでさえ現状を把握しきれていないというのに――話にまったくついていけていないというのに――できれば何にも触れずに逃げ帰りたいと思っていたくらいだ。


 そんな紅子の胸中を読んだかのように、むつみは、「紅ちゃんにとっても悪い話じゃないと思うよ」と言いながら、指を二本立てた。


「僕が考える紅ちゃんにとってのメリットは二つ」

「メリット……」

「一つ目。紅ちゃん、今、すごく疲れているでしょう。いろんなことがいっぺんに起こって情報の錯綜に振り回されている」


 図星だった。

 むつみがいたずらそうに笑った。


「時系列とか論理構造とか、何にも考えなくていい。思いついたことを羅列するだけでも、僕の質問に答えてくれるだけでも、まったく構わない。僕が情報の整理を手伝えれば、少しは楽になれると思うんだ」


 むつみの言うとおりかもしれなかった。

 今までの流れから察するに、少なくともむつみは、昨日と今日にここで何が起こっているのか、だいたい把握している。紅子の混乱した頭の中を整理して、自分がどんな状況に置かれているのか分からせてくれるかもしれない。


「二つ目。あやさんやカトーさんを殺した犯人を特定できれば、一石二鳥だ。何せ、向こうは、紅ちゃんから一番のオン友であるあやさんを奪ったんだよ」


 《ぁゃ》という言葉に反応して、紅子は三度も頷いた。


「動機次第では、紅ちゃんも危ないかもしれない。正直に白状すると、僕にはこの事件の動機が分からない。何らかの理由で選んで殺しているならここでストップするかもしれないけど、万が一、犯人の目的がP2のメンバーを全員始末することだったら、別荘から出られる前に誰もいなくなるかもしれない」


 背筋に虫が這うような悪寒を覚える。

 これも、むつみの言うとおりだ。

 《ぁゃ》はともかく、カトーが殺された理由はいまいち分からない。《ぁゃ》とカトーの間に何らかの共通点があったのだろうか。もし二人の共通点が《P2》のメンバーであることだけだった場合は、残りのメンバー全員が危ない。


「誰が誰なのかはっきりさせて、あやさんの復讐もしつつ、自分の身の安全も確保した方がいい。そう思わない?」


 紅子は「はいっ」と返事した。

 「良いお返事だ」とむつみが微笑んだ。


「あと、ついでに。これは、僕の独りがりだけど――」


 その声は優しく、


「紅ちゃんだけは《紅》だと割れているのに、他のみんなは誰も紅ちゃんに自分が何者か明かさない、というのは、フェアじゃないでしょう。紅ちゃん一人だけが余計に怖い思いをするでしょう、最年少なのに――」


 慎悟に綾乃の死を聞かされた直後の、彼の大きな手の温かみを、思い出した。


「せめて僕くらいは、紅ちゃんの味方でいたいな、と。紅ちゃんを守るなんて言えるほど、甲斐性のある奴でもないけどね。これ以上紅ちゃんを独りぼっちにするのは、僕は嫌だった」


 「どいつもこいつも大人げないよ」と言ったむつみが、急に頼もしく思えてきた。


「あのっ。ノンさんっ」

「ノンでいいよ」

「あたし、ノンに協力しますっ! あたしが知ってること、全部ノンに話します」


 ベッドの上に座ったまま、尻を擦るようにしてむつみに迫った。


「あたし、あやを殺した奴のこと、絶対許せません。それに、その。みんな、あたしのこと、置いてきぼりで――ここまであたしのこと考えてくれてるの、ノンだけっすから。あたしにできることなら何でもします!」


 むつみが苦笑した。


「そういうことはあんまり軽々しく言わない方がいいと思うよ」

「へっ!? だってノンが――」

「まあ、みんな紅ちゃんのそういうことを素で言っちゃうところが好きなんだと思うけど――ちょっと危なっかしいなあ、僕以外の人間相手にそういうことは言わないようにね、どんな誤解を招くか分からないからね」

「ん……ん? 何がすか?」

「いや、分からないなら分からないでいいよ。けどとにかく、ここでの話は二人だけの話、いいね?」


 むつみの奥歯に何か挟まっているような物言いは少し引っ掛かったが、紅子は頷いた。


 そして、立ち上がった。


 むつみに提供できる、自分しか知らない最大の情報のかたまりが、自分にはある。


「あやから手紙を貰ったんす。慎悟さんから、あたし宛しかない、って聞きました」


 机の脇にしゃがみ込み、自分のバッグを開ける。むつみが「またとんでもなく無防備な」と呟いたが、彼相手に隠し立てするようなことは何もないと思えた。


「まず、これ。読んでください」


 慎悟経由で受け取った綾乃の手紙を、むつみに差し出す。

 むつみが受け取りつつ、「いいの?」と問うてくる。

 紅子は力強く頷いた。


「大丈夫っすよ。ノンの悪口は書いてなかった――はず」

「誰かの悪口は書いてあるんだね」

「めっちゃ書いてあります」

「ありがとう。それはすごく参考になる、助かるよ」


 むつみが封筒を開いた。


 紅子は彼がすべての便箋に目を通し終わるまで固唾かたずを飲んで見守った。

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