第4話 《Lise》を追い掛けている冴ちゃん 1

 カトー――清正の部屋に鍵をかけると、そのまま全員食堂に向かうよう冴に指示された。


 昨日全員が集合した時同様、めいめいが好きな席に着く。

 違っているのは、昨日は慎悟が綾乃の死について解説するため全員の前に立っていたが、今日は冴が緊張した面持ちで仁王立ちをしているということと、カトーがいないということ、その二点だけだ。


 冴は、自分の警察手帳を握り締めたまま、「皆さんを騙すようなことをしていて申し訳ありませんでした」と、軽く頭を下げた。


「つまり、冴さんはP2のメンバーではない、と」


 ムツミの問い掛けに冴がこわごわと頷く。


「はい。私がその、お呼びでない九人目です」

「どうしてここに?」

「水村綾乃さんから私の追っている人物がここに来るとの情報をいただいたからです」

「その、冴さんが追っている人物、というのは――」

「皆さんがリセと呼んでいる人物です」


 全員が顔を見合わせる。


「ある時は《Lise》、ある時は《蝶》、と名乗っている人物です。《赤い蝶》と呼んでいる人もいました」

「なぜ、リセを追っているんです?」


 冴が拳を握り締めた。


「不正指令電磁的記録に関する罪の容疑者なんです!」

「噛み砕いて」

「えーっと、つまりですね、勝手に企業や官公庁のコンピュータのセキュリティを突破して、侵入して、機密情報を盗み取り、悪用している、ということです。ニュースとかで見るでしょう、あの、個人情報の流出、って。あれをわざとやっている、という罪です」

「ほう。流出させる、だけ?」


 コーヘイが「ちょっとムツミくん、流出させるだけでも相当だよ」とたしなめたが、他の誰でもなく冴が首を千切れんばかりに横へ振り、「それだけじゃないですっ」と言い切った。


「海外に流出させている模様です。具体的には、中国に。中国のマフィアに、日本人の個人情報や日本の企業情報を流して、とても大きな損害を与えています」


 その場にいた全員が絶句した。


「このまま放っておいたら、防衛庁や外務省に侵入して、とんでもないところに情報を流して、国家存亡の危機に関わる――のではないか、と、私は思っています。……今のところそこまではやっていないようですが」


 「やってないんかい」とセントがツッコミを入れたが、オサムが「分からないよ」とおどけた声で言った。


「ねえ冴ちゃん」

「いつからどうして『ちゃん』付けになってるんですか、バカにしてるんですか」

「ぎこちない感じと警部補という肩書きから、大卒で、現場は初めてかな、と察した。サイバー犯罪捜査官ということは、新卒一年目、ということはないんだろうけど。こういう場所に出てくるのは初めてなんじゃないのかな」


 図星のようだ。冴が黙った。


「そんな新人ちゃんが、一人でリセを追い掛けてきた理由が気になる。もしリセが本当に冴ちゃんの言うレベルの犯罪者だったら、国家規模のテロリストだと思うんだ。そんな大物を新人ちゃんが一人で追い掛けるというの、警視庁ではあるあるなの?」


 回答は、あまりにも小さな声だったために誰も聞き取れなかった。シズカが穏やかな声で「怒らないからもう一回言ってごらん」と促した。


「もし本当だったら……実質的な被害額は数千億、もしかしたら一兆円近い損害を出している容疑者なんですけど……もし本当だったら……」

「上の人に、本当のことではない、と思われている、ということかな」

「単独犯で、ここまで大掛かりなことができるはずはない、って。私は、手口からして、複数の事件が同一犯だと思っているんです、けど……一人でここまでできるわけが、って……」


 「なるほどな」と呟いたのはムツミだ。


「これで話が一本につながったね」


 コーヘイが「何のこと?」と問う。ムツミが答える。


「P2はサイバー犯罪のために集められたチームだったんだ」


 紅子は、頭を殴られたような衝撃を感じた。


「主犯格のリセは、P2の他のメンバー一人一人に、こっそりと仕事を依頼していった。依頼された方は、自分が犯罪の片棒を担がされているとは知らずに、リセのカリスマとヨイショに踊らされて作業をしてしまった。自分の作業が、リセをがっぽがっぽ稼がせているとは、微塵も思わずにね」


 《Lise》が集めたのは、いずれも、自分の得意分野に関してはどんなマニアックな依頼にも答える、プロフェッショナルにけして劣らないスキルの持ち主だった。

 紅子を『育てる』と言っていた意味も分かった。《Lise》は、将来的には、紅子にも何らかの仕事をさせようとしていた。


「中には、自分の作業が犯罪につながっていると気づいてしまう者もいた。リセは、気づかれたら、気づいた人間を『消した』。ロキやあやが、入れ替わりが激しいけど、いつどういう経緯でメンバーが抜けていったのか分からない、と言っていたのは、皆さん覚えてます? いつの間にか撤退していたメンバーは、つまり――」


 綾乃が告発しようとしたのはそのことだったのだ。

 綾乃は、気づいてしまったのだ。

 そして、消された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る