第5話 山荘に閉じ込められる一同
別荘を出て右を向いただけで、駐車スペースから現場を見ることができた。
山肌がえぐれている。
濡れた土砂が川へ向かって流れ落ちている。
折れた木々が巻き込まれ、土砂とともに川を目指して斜面を滑り続けている。
それも、別荘から百メートルも離れていない位地で、だ。
「危険です、皆さん下がって」
サエがスマートフォンのライトで崖を照らしたまま振り向く。
「まだ動いています、第二波が来るおそれがあります。この距離では別荘の方まで来るかも」
顔が蒼ざめて見えたのは、夜の闇のせいであろうか――そうであると思いたかった。
「慎悟さん」
サエの呼び掛けに慎悟が「はい」と慌てた様子で返事をする。
「ここから民家のある集落まではどれくらいですか」
「一番近い家で三キロはあったと思います」
「救助を呼んだ場合、どういう手順で、所要時間はどれくらいで来ていただけるか、確認してありますか」
「もうだいぶ昔の話ですが、祖父が、以前崖崩れがあった時には、村の消防団が来てくれたと話していました」
「村の消防団ですか」
「麓の村の。最寄りの消防屯所は、確かもっと下、集落の中――五キロ近く離れているかと」
「でも、呼べば来てくださるんですね?」
「おそらく。吊り橋の向こう側のバス通り、あの県道から――」
そこで慎悟が一度、うつむいた。
「その県道まで、土砂崩れに遭っていなければ。明日の朝には来てくれる、と思います、けど……」
紅子は感嘆の息を吐いた。サエはこういう災害現場に慣れているのだろうか。見た目で判断して大学生くらいだと思い込んでいたが、もしかしたらそういう職業に就いているのかもしれない。
そう言えば、IT企業にSEとして勤める《露輝》と、アメリカに留学して大学生をしている《晴》以外は、日中何をしているのか、紅子は知らなかった。
ようやく追いついたらしい、Tシャツにスウェットのカトーが、「おい」と声を上げる。
「これじゃあバス組より車組の方が帰れねェじゃん。どれくらいかかんだよ、復旧作業」
慎悟が申し訳なさそうに「さあ……」と呟いた。
カトーの目が右を向く。車が四台並んでいる。誰かがライトで照らしてくれない限りは、色すら明暗程度しか認識できない。
溜息をつきつつ、サエが「分かりました」と言った。
「とりあえず戻って警察に連絡しましょう。救助の手配をしてくれます。急いで」
「はいっ」
みんながみんな、別荘の中へ急いだ。今度は出てきた順に――つまりカトーやコーヘイから先に、建物へ入っていった。
シズカの手前で、セントが立ち止まった。
「あれ?」
シズカが「どうかした?」と問い掛ける。
「何やおかしない?」
「何が」
「景色がな、変わってるような気ぃすんねん。夜やからかな……オレの気のせいやったらええんやけど……何か足らん気が」
その場で聞いていた全員が、一度硬直した。そして、辺りを見回した。
「まさか、別のところでも土砂崩れ――」
「いや、」
ムツミが一歩、前に出た。
自分のポケットからスマートフォンを取り出し、サエがしているように正面を照らした。
「吊り橋」
紅子も、言われてから、気づいた。
「吊り橋がなくなってる」
別荘の玄関の正面が、やけに広々としていた。
暗かったため――また先行する面々がすぐ崖の方に向かったため、まったく、気がついていなかった。
自分たちが渡ってきたはずの、吊り橋が、消えている。
ムツミとセントが、吊り橋があるはずの場所へ駆け寄った。その後に、慎悟とオサムも続いた。
「崖崩れの震動で落ちたんけ」
「確かに古い吊り橋だったし、僕らが渡っている時も多少は揺れていたけど、そこまでやわじゃなかったと思う」
「ポールは残ってるね」
オサムも同じく、スマートフォンで辺りを照らし始めた。
オサムのスマートフォンが照らし出したのは、元は緑色のペンキが塗られていたのであろう、今は赤錆だらけの鉄の棒だった。
「これで吊り橋を支えてたんだろうか」
「そうです、それに極太のワイヤーで――」
「そのワイヤー、どこにも見当たらないけど」
ムツミとセントが下を覗き込む。吊り橋を失ったそこは、ただの深い谷と化していた。
「ダメだ、暗すぎて見えない」
「向こう岸は?」
ムツミのスマートフォンが、対岸を向いた。
吊り橋の残骸がそこにいた。
反対側のポールにぶら下がっている。吊り橋の床板こそすべてつながった状態で残っているものの、肝心のワイヤーは向こう側でも片方は千切れているらしい。すべてをポール一本が支えていた。
「あれはダメそうだね」
オサムが冷静な声音で言う。セントが「最悪や!」と大きな声で叫んだ。
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