第6話 固定電話ともWi-fiともお別れさせられた一同

「でも、どうして今なんだろうネ。もともと古い吊り橋だったんでしょう?」

「誰かがワイヤーを切ったのかもしれませんね」


 全員の視線が、ムツミに集中した。

 ムツミは何のこともない顔で続けた。


「ゲリラ豪雨のせいで外の音はまったく聞こえなかったので、いつ吊り橋が落ちたのか、誰も知らない――ですよね?」

「確かに……。崖が崩れた音は、みんな聞いたみたいだけど、吊り橋が落ちた音は、聞いた人……いる……?」

「オレは聞かんかった」

「私もです」

「これだけ錆びついているんです、ワイヤーも錆びる金属だったらもろくなっていたでしょうね。でも、人が二人乗っても切れなかったワイヤーですからね。誰かがわざと弱った部分を狙って破壊した、と考えた方が自然――かな?」


 いつの間にか戻ってきていたカトーが、一人腕を組みながら「見てきたみたいに言うじゃねェか」と言い出した。紅子は驚いてムツミの顔を見たが、ムツミは動じていなかった。


「かかっていた時の状態は見てきましたが。あの時の状態から今の状態にもっていくには、自然現象だけで考えるには無理があるかな、と思っただけです」

「へぇ。まあ、いいけどよ。どうやってやったのかは知らねェが、どうせ、何つーの、こういう時も凶器っつーの? 川に投げ込んじまえば出てこないもんな」


 嫌味っぽく言って絡み始めたカトーの背後で、コーヘイが「何にもいいけどじゃないよ」と訴える。


「ここ、正面がこの川で、後ろはこの崖で、他にここと県道をつなぐルートはないんだよね?」


 慎悟が黙って頷いた。


「つまり、僕らはここに閉じ込められたってこと?」


 「そうなるネ」と、シズカが鼻で笑った。


「そこの土砂の撤去作業が終わるまで、誰も出られなくなったネ」


 セントが自分の腿を殴りつけ、「何やこれ」と泣きそうな声を出す。


「百歩譲ってな、崖崩れはしゃあないやん。けど、吊り橋はイタズラどころやないやろ。何がおもろくてオレらを閉じ込めんのん」


 ムツミが「それだよね」とつなげた。


「崖崩れは人間じゃ起こせないよね。でも、誰かが、雨で崖が崩れそうだと思って、ついでに吊り橋も落とせば、誰もここから出られなくなるな、と考えてやったのだとしたら――これから何が始まるんだろうね」


 全員がしばらく沈黙した。

 紅子も、血の気が引いていくのだけを感じていた。

 嫌な予感しかしなかった。

 漫画や小説だったら、殺人事件が始まる。

 何せすでに《ぁゃ》が殺されているのだ。


 我に返ったらしい、サエが「とにかくっ」と声を張り上げた。


「119番と110番です、救助を呼ぶんですっ」


 そう言い残して中へ入ったサエに続いて、他の面々も次々と別荘へ戻った。

 置いていかれる不安を感じて紅子も急ぎ扉をくぐった。


 ホールにエントランスカウンターがある。その上に固定電話と重そうなガラス製の灰皿、メモ帳が置かれている。

 慎悟が固定電話を持ち上げて引っ張った。コードで受話器が本体とつながっている。紅子はこのタイプの電話機を初めて見たかもしれない。

 受話器を取った。ボタンを押そうとした。

 その手はすぐに止まった。何も押さなかった。

 耳から受話器を離して、受話器を眺めた。


「どうしましたか?」

「音が……しないんです……」


 慎悟の手からカトーが受話器をひったくった。電話機本体も手に持って、乱暴に適当なボタンを押した。


「ヤバい。何の反応もない」

「嘘だ」


 サエとコーヘイも駆け寄り、「どうして」と言いながら順繰りに受話器を回した。


「電話線が切れた?」

「まとめて切ったんだろうね」


 淡々とした声で言ったのは、オサムだ。

 彼は、自分のスマートフォンを周りに見せながら、「見なよ」と促した。


「ここに来てまず教わったWi‐Fi。今もつながっている人、いる?」


 全員がポケットから各々のスマートフォンを取り出した。

 そして、目を丸くした。

 オサムが「うーん」と唸る。


「電話線と一緒にネット回線も切られてしまいました、と」


 オサムの声には緊迫感こそなかったが、


「LTEどころか3Gすらもともと入らない。つまり、スマホで外部とやり取りすることはできない。正確には、スマホで『も』、か」


 その場にいた面々を硬直させるには、充分過ぎた。


「すごいね。これがドラマだと今夜誰か殺されるね」


 紅子が思っていたことを、オサムが口にした。


「さすがの僕も、まさか自分がこんなべったべたな展開にはまる日が来るとは思っていなかったな」


 誰も、何も、言わない。たぶん、全員が同じことを思っているはずだ。


 サエが「とりあえず待ちましょう」と言う。けれどその声に先ほどの勇ましさはない。


「明日の朝になったら、きっと、麓の村の人が気づいてくれるはず――ですよ、ね」

「た……たぶ、ん……。僕らがここにいることは、一応、麓のお寿司屋さんとピザの宅配の人が知っていますから……」

「それまでどうにか、しのぎましょう。皆さん、しっかり、自分の部屋に鍵をかけて、用心……してください……」


 他のメンバーは、消え入りそうになるサエの声を聞いているだけで、異を唱えることはしなかった。


 少し経ってから、一人ずつ、「部屋に行くね」「何もせんといてや」と、独り言のように呟きながら、階段を上がっていった。

 紅子は慎悟と七人を見送った。何の言葉も出なかった。

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