第2話 《ぁゃ》からの手紙を読む紅子ちゃん
L版の写真が、ピンクのフレームに納められている。安っぽいプラスチックではなく、ピンク色のペンキの塗られた木製のフレームだ。
綾乃は小太りの女性だった。
少し癖のあるショートヘアで、丸顔に眼鏡をかけている。眼鏡の奥の目は垂れ目で、慎悟に似ていた。
二年以上前の写真だ。この数ヶ月ほどの綾乃はもう少し太っていて、それを気にしてひとに会いたがらなかった、と慎悟は言う。
紅子も、《ぁゃ》が容姿にひどいコンプレックスを抱えているのは知っていた。
話ぶりから察するに、スタイルの良さそうな《ニンファ》はもちろん、いくら食べても脂肪がつかず、今でも小学生に間違えられる紅子のことでさえ、うらやんでいたようだ。
一度だけ、紅子が《ぁゃ》に対して、体重で友達を選ぶ奴はいない、と主張したことがある。《ぁゃ》は少し間を置いてから、《紅》は選ばれなかったことがないからそう考えるのだろう、と答えた。
少し卑屈すぎやしないかとも思った。
しかし、そうであるならばなおのこと、友達選びの基準をそこに置いていない自分と生身で対面してほしかった。
フォトフレームを枕元に置いてから、ベッドにうつ伏せた状態で、封筒を開けた。
パステルピンクに、四つ葉のクローバーがあしらわれた、可愛らしい封筒だ。何となく、《ぁゃ》らしい、と思った。
便箋のデザインも、封筒と同じく、パステルピンクの枠の四隅に緑のクローバーが配置されていた。
全部で五枚も押し込まれていた。
丸みを帯びた小さな文字も《ぁゃ》らしい。
《ぁゃ》は、本当に、可愛らしい魅力に満ち溢れた女性だった。
――紅ちゃんへ。
万が一のことがあった時のために、お兄ちゃんにこの手紙を預けておきます。
紅ちゃんがこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいないんだと思います。
本当にごめんね。紅ちゃんがあんまり落ち込んでいないといいな。紅ちゃんは優しい子だから…。たまにはもっとワガママを言っていいんだよ、いつもお兄さんにしているみたいにね笑
もっと早く気づけばよかった。バカで本当にごめんね。紅ちゃんにまで飛び火しないことを心から祈ります。
Liseには気をつけてください。Liseが何を言っても信用しないでください。Liseは息を吸うように嘘をつきます。紅ちゃんのことも平気で利用すると思います。というか、利用するために育てようと思って、P2に連れてきたんじゃないかな、と思います。今となっては、って感じだけど。とにかく、Liseがしようとしていることは、絶対に許されてはいけないことです。紅ちゃんはLiseにすごく懐いているみたいだったから、つけこまれないか心配です。
それから、露輝にも気をつけてください。露輝にはできるかぎり近づかないでほしい。もし露輝が何か言ってきたら、ぁゃに近づくなと言われたと言ってください。露輝なら私の言いたいことがわかると思います。私は露輝を絶対に許しません。
正直、Liseが今すぐ紅ちゃんに何かしかけてくる、ということはないと思います。紅ちゃんがまだ高校生だからです。ご家族がいて、お友達がいて、ちゃんとした学校に通っている紅ちゃんには、手を出しにくいと思います。紅ちゃんは、将来は大学に進学して一人暮らしをしたい、と言っていたと思います。Liseが本格的に動くとしたら、紅ちゃんが一人暮らしを始めた時だと思います。でも、露輝は違います。絶対に近づいたらダメです。今はLiseよりも露輝の方が怖いと思った方がいいです。
Liseや露輝だけではありません。そもそも、ネットで知り合った人を簡単に信用しないでね。晴やNONEのことも、本当はどんな顔で文字を打っていたのかわからないんだからね。ニンファのことも用心した方がいい。
P2のメンバーは、基本的に信用しないようにしてください。
って、P2で知り合った私が言っても、説得力はないけど…。
オフ会なんて誘ってごめんね。どうしても他のメンバー同士で直接話をしてほしいことがあったんだ。紅ちゃんにはまだ関係ないことだけど、紅ちゃんだけ仲間はずれにするのはかわいそうだと思ったし、紅ちゃんを誘わないと怪しむ人もいると思ったから、巻き込んじゃった。本当にごめんなさい。
紅ちゃんが無事におうちへ帰れるよう、天国からずーっと見守っています。
ぁゃ(水村綾乃)
追伸1。もし機会があったら、KATEにだけは謝っておいてください。今回の件できっと一番KATEが追いつめられたと思う。悩ませてごめんなさい、と伝えてください。こんな状況ではそもそもKATEは二度とP2に現れないかもしれないけどね。
追伸2。マスキングテープは箱ごと全部あげます。机のひきだしに入っているから持って帰ってね。
いろいろ書いたけど。
本音を言うと、本当は、本当に、私が紅ちゃんに直接会いたかった。
ネット上でしか付き合いがなかったけど、妹ができたみたいで嬉しかったです。
ずっと紅ちゃんみたいな可愛い妹が欲しいと思っていました。
紅ちゃんは私の理想そのまんまで、本当に大好きでした。
紅ちゃんは、勉強もできて、運動もできて、音楽もできて、絵も上手で、本当に何でもできる子だし、学校も休まずにちゃんと行っていて、すごく偉いなとずっと思っていました。
私にとって、自慢の妹でした。
バカでデブスでメンヘラで、どうしようもないお姉ちゃんでごめんね。本当にこんなお姉ちゃんがいたら、紅ちゃんにとっては恥ずかしいお姉ちゃんだったかもしれないけど…。
私は、紅ちゃんと会えて、幸せでした。
本当にありがとう。
紅ちゃんがP2の悪い奴らにだまされないよう背後霊になってずっと見守っているからね。
「あたしだって会いたかったよぉ……っ」
紅子はまた、声を上げて泣いた。
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