第5話 みんなが《Lise》を疑うことにびっくりする紅子ちゃん
どれくらい時が経ったのかは、紅子には分からない。ほんの二、三分だったようにも、一時間以上費やしてしまったようにも思う。
紅子のしゃくり上げる声が治まってきた頃、最初に「さて」と言って話を切り出したのは、ワインレッドの髪の女性だった。
「これからどうしようネ。あやは死んでいるし、あやがいないのに八人揃っているし、おかしなことばかりヨ。このまま普通にオフ会を楽しむ、ということは、できない、かな」
「ホントだな」と、Vネックのシャツの青年が同意する。
「なんで八人いんだよ、P2は全部で八人だろ」
美青年が冷たい声音で言う。
「一人、呼んでいないのに来た『招かれざる客』とやらがいるから――いや。誰かが、その、八人目――あやを勘定したら九人目に当たる人物を呼んだのか。慎悟さんの言うとおりなら、九人目は僕らのうちの誰かが呼ばないと今日ここに辿り着いていないはずだよね。誰かが全員の了承を待たずに無断で一人あかの他人を呼んだ」
関西弁の彼が「なんでや」と嘆く。
「あやが死んどるんも信じられんのに、なんで話ややこしすんのや。あやの代わりは兄ちゃんおんのやろ、なんで代打増やすのん」
ショートヘアの女性が、怖々とした声音で言った。
「あやさんが死んでいるのを知っていた人が、あやさんの代わりを連れてきた、というのは。メンバーは、オフ会に慎悟さんが来るというのは、知らなかったんですよ、ね? もし何か――オフ会のメンバーが八人であることに、意味がある、としたら」
空気がまた、凍りついた。
「――初期メンバーがね」
呟くように言ったのは、麻の長袖シャツの青年だ。
「八人だった、って。リセが言ってたよね。リセが。だから八人にこだわっていて、欠員が出るたび、八人になるよう人員を補充してた、って」
全員の視線が麻のシャツの青年に集まる。
「なんだかんだ言って、メンバーはみんな、リセにスカウトされてるんだよね。もともとリアルで知り合いだったニンファとケイトはもちろん、ロキ以降のオンで集めたメンバーも全員、最初に声をかけたのはリセだった、と思う。リセ本人がそう言っていた、はず」
眼鏡の青年が、呆れたように、投げやりな顔で笑った。
「リセ本人は自分を名ばかり管理職だと言ってはいたけど、リーダーではありましたからね。全員の了解を得なくても、リセはいつだって独断で欠員を補充していた」
Vネックのシャツの青年が、テーブルの上に身を乗り出すように肘をつき、「きな臭くなってきたじゃねェか」と意地悪く笑う。
「あやの兄ちゃんの言うことが全部ホントなら、メンバーの中には犯罪まがいのことをしていた奴がいる、ってことだよな。リセはそれを知らずにオフ会を開きてェって言ってたのか?」
ショートヘアの女性が、テーブルを見つめながら「もしくは」と呟く。
「リセ本人が犯罪者で、あやさんが告発したかった人物はリセであり、リセはそれを分かっていた上で、あやさんを『欠員』にした。そして、新人を補充した」
全員が沈黙した。
紅子は、涙で湿ったハンドタオルを左手に握り締めたまま、急いで立ち上がった。
「ちょっと待ってください! なんかそれじゃリセがあやを殺したみたいじゃないすか。みんなリセのこと信用して――」
「ない」
紅子の言葉を遮ったのは、美青年だった。
「リセのことを、誰ひとりとして信用していない。正確には、紅ちゃん以外の全員が、と言うべきかな」
美青年の言葉を皮切りに、他の六人も口々に言い出した。
「無責任さは折り紙つきだからね。リセには大事な用事は頼まない、っていう不文律あったでしょう? リセは楽しいこと以外何にもしたくないんだよ」
「警察沙汰かて楽しむ気ィすんねん。高みの見物の気分ちゃう?」
「だいたい今までの『欠員』も何だったんだよ、誰がどういう理由で撤退していったのか誰も聞かされてねェんだろ?」
「そう言えばケイトもリセに話があると言っていなかったかな? リセはケイトに何の話をされる予定だろうネ」
「P2では長時間いろんなことを語り合っていた気がしますが、リセは茶化す担当で誰かの話を真面目に聞いていた印象がない。それだけで犯罪者扱いするのは飛躍しすぎかと思いますが、そういう人間が信用してもらえるとは僕は思いませんね」
「そういう人ですよね。リセは自分の単独行動にメンバーを巻き込んでいるだけでは?」
「――とまあ、こんな感じで、リセを信用しない理由は枚挙にいとまがないようだし」
「そもそも」と、美青年が淡々とした声音で言う。
「顔も知らない人間を簡単に信用したらいけないよ、紅子ちゃん。リセは別格だけれど、リセ以外のメンバーもそう」
「そん、な……」
「逆にね。リセが犯人でいてくれたら、僕らは楽だと思う」
今度は視線が美青年の方へ集中した。
それに気づいたところで彼が動じることはない。むしろ、そうなることを予測していたかのように――スポットライトに当たることを良しとするかのように、艶然と微笑む。
「リセを警察に突き出して話が終わるならその方が楽なんだよ。これだけリセを怪しんでいるというのに、実は、殺人犯は別の人でした、なんていうことになったら――危険人物がメンバーに二人も三人もいるという状況、みんな、耐えられる?」
待っていたかのように、窓の外が光った。
一瞬だけ間を置いてから、雷鳴が轟いた。
紅子はそこで初めて、すでに日が落ちていること、そして、夜空が真っ黒な雲に覆われていて星も月も見えないことに気づいた。
「無理やわ」
関西弁の彼も立ち上がった。
「こんなとこようおらんわ。オレ、帰らせてもらうわ」
「別にいいけど、帰れる?」
ワインレッドの髪の女性もテーブルに肘をつき、気だるそうに問い掛けた。
「キミ、バスで来たヨネ? バス、ある?」
今まで黙って話を聞いていた慎悟が、「ありません、駅行きの最終は十八時台です」と説明する。今の時季、十九時を回らねば空はここまで暗くならない。
「私たちは車で来たから、帰ろうと思えば帰れるヨ。バスの子たちは、誰かの車に乗るのかな?」
関西弁の彼が着席した。
「乗る方も乗せる方も嫌やろな」
再度、雷が鳴った。慎悟が「ああ」と溜息をついた。
「車も、しばらくはやめておいた方がいいかもしれませんね。ここ数日、ゲリラ豪雨みたいなのが続いてますから。今も雷が鳴っていることを考えると、今日もこれから降るんじゃないかと思います」
「山の天気は変わりやすいって言うもんな」
「急勾配も多いので、降水量がある程度あると通行止めになっちゃうんですよ。変なところで足止めを喰うくらいだったら、雨が止むまでここで待った方が……」
Vネックのシャツの青年が自分の髪を掻きむしり、「それっていつまでだ」と嘆いた。
「結局みんな、今夜一晩はここにいるしかない、ということなんでしょうかね。次のバスが来る、明日の朝まで」
「最悪や」と頭を抱えた関西弁の彼に、美青年が「大丈夫、たぶんみんな今同じ気持ちだから」という慰めにならない慰めの声をかけた。
「こんなことに、なっちゃいました、けど。一晩、泊まっていってくださいませんか」
慎悟が弱々しい声で懇願する。
「今夜は、宅配ですけど一応寿司とピザを頼んでありますし、明日の朝食も作れるだけの食材はありますから。リラックスできる気分じゃないかもしれませんが、一応、大浴場は温泉です」
「何より」と、泣きそうな顔で笑う。
「綾乃のお別れ会を。開いてくれたら、兄としては嬉しいです」
窓の外から突然シャワーを最大水圧で出したかような音が聞こえてきた。
紅子以外の七人が、視線を交わし合った。
「しょうがないよ」
「一泊しよう」
「明日の朝が来るまで」
「何とか耐えるか」
諦めムードが漂い始めている。興奮した様子の者もなければ、極端に気落ちした様子の者もない。
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