幕間g
「なあ姐御」
「何だい」
無線で連絡を受けてから次の日、アルファ・ジールが一人になった時を見計らって家を抜け出し、町の前の橋まで寄せていたトラックで急ぎ回収したのち、あたしたちは町を離れる算段を取った。
車を走らせてから三十分余り、声の出し方を忘れちまったように黙っていたアルファ・ジールがようやく口を開いた。運転席の三つの座席、その真ん中でぐったり項垂れているレティシアを横目で見ながら。
「本当にマルールがテオとラウをやったのか」
「何故疑問に思う」
また黙った。自分から訊いて来たのにその態度はいけ好かないね。向こうで何があったのかは胸糞悪いから敢えて聞かないが、情が移っているようだ。イェクだけでなくアルファ・ジールまで腰抜けにされるのは堪ったもんじゃない。
「アナタがどう思おうが事実は変わらない」
それにこの子はマルールじゃない。レティシアだ。
間違い無い。蜂蜜色の髪に、琥珀色の瞳。
「そう言えば、どうしてこの子をマルールと呼ぶの」
「あ、ああ。自分で名乗ってた。青い魔女に助けられて、記憶が飛んじまったから新しく付けてもらったんだとよ」
「……」
本当にどいつもこいつも、いけ好かない。
「なあ……姐御」
「あ?」
「マルール、家に帰してやんねえか」
「何言ってんだい。テオとラウを殺ったのはこいつ、白状したのさ。あたしはね、こういう世間知らずのアホ面見せる手合いが一番嫌いなんだ」
「だけどよ……」
口答えを重ねやがってそんなにこいつの事が気に入っちまったのか。本当にしょうもない、手の掛かる子だね。
「マルールってさ」
「ん?」
「こいつ、文字も書けねんだ。俺は戦場でも記録係で戦況をお上に伝える役目しか負ってこなかった。人を殺したり傷付けたりした経験なんか実は、数えるほども無くて。マルールはどうなのか知らないが、俺を撃った事を酷く後悔してた。そんで、エルネスティーって青い魔女に助けられた事を心底感謝してた」
「だから何だ。手短に話しな」
「いや、だから……」
アルファ・ジールはそこで言い淀んだ。
「これ以上口答えしたら唇縫い合わせちまうよ」
それでも彼は躊躇したのち、あたしに向かって言い放った。
「……マルールはまだガキだ。まだ色んな事に色んな思いを抱ける。だから、チャンスやってくれねえか」
この糞ガキ共が。
「死ぬときゃ死ぬ、達磨になっても生きてりゃ儲けもんだ。股ぐらに唾付けて喜ぶクズ野郎なんざそこら中ごまんといるしね。逆に言うが──この子は今の時代を甘く見過ぎてる。それがムカつくんだ。あんたもその手合いになりつつある、口閉じな」
「……いいや、もう黙らねえ。いいか。俺が姐御に連絡したのはマルールを助けて欲しかったからだ。このクソ寒みい真冬の森に思い付きで入るなんて頭空っぽのアホしかいねえ。俺のしょうもない過去のために」
「IDタグを回収しに行ってくれた、だろ。知ってるよそんなもんどうでもいいんだよアルファ、アンタの過去もこいつの過去も、あたしの人生にはお荷物なんだ──」
そう言った途端、あたしは急いで口を閉じた。アルファ・ジールは呆けた顔であたしを見つめた。それからニッと笑って言った。
「……言質取ったぜ姐御」
「……」
「拾ってくれてありがとよ」
本当に──どいつもこいつもいけ好かない奴らばかり。
そう思った途端、車体が激しく揺れ横転した。雪崩に巻き込まれたかのような突然の強い衝撃に、あたしもアルファもレティシアも運転席で揉みくちゃになった。助手席の窓から天を仰ぐあたしたち、そしてなおも断続的な衝撃に、雪崩とは違う何かに巻き込まれたと瞬時に悟る。
「何が……」可笑しな体勢になりながら苦痛に歪んだ表情のアルファが驚愕の顔に変わる。「まずいぞ……」
「何が見えた?」
「体当たりしてる」
首を伸ばし窓の先を見ながら言った。
「バカでかい猪だ……!」
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