序章Ⅱ

 クランがわたしたちを訪れたのは、昼下がりの少し気温が高くなった頃だった。わたしとエルネスティーがのんびりしているリビングに血相変えて飛び込んで来た。息を切らしながら前触れなく扉をぶち開けて入ってきた彼女にびっくりしながらも、エルネスティーが先に訊ねる。


「どうしたの、クラン。そんなに慌てて」


 午前中にわたしが買って来てあげた新聞を読んでいたエルネスティー。さすがの彼女もいきなりの訪問に驚いているのか、その声には少し動揺の色が見えた。


「そ、それがね」


 すうっと息を吸って落ち着いたクランが言った。


「さっき、家を出る前にすごく綺麗な身なりをした男の人が訪ねてきて、手紙を渡されたの。エル姉に渡してくれって」


「手紙?」


 それがどうかしたの、と今度はわたしが訊ねると、クランが顔をひきつらせながらこう答えた。


「その、それ。あて名が町長のもので」


「へえ。それで」


「なんてこと……」


 町長から手紙を受け取ったことに別々の反応をするわたしとエルネスティー。わたしは町長からの手紙がどんな意味を持っているかわからないから平気だが、エルネスティーはまるでこの世の終わりが訪れてしまったかのように顔を固まらせている。


「その手紙、見せてもらえるかしら」


「ああ、うん」


 新聞を置いたエルネスティーに懐から金糸で装飾された封筒を取り出したクランが近づく。


「はい」


「ありがとう」


 受け取った手紙の封蝋を錆びたペーパーナイフで外して中身を取り出し、ゆっくり開いて文面に目を通すエルネスティー。数分経ってから彼女は困惑した顔でこちらを見た。


「食事の誘いだわ」


「食事?」


「ええ、一緒に食事でもどうかという町長からの誘い」


 言っている意味がわからず、わたしは彼女からその便箋を受け取った。


 すると、中にはこのように書いてあった。



 拝啓

 エルネスティー殿


 唐突に差し上げたこの手紙の意図に、貴殿は混乱しているであろう。しかし、この手紙で私が伝えたい内容は簡潔至極。貴殿との食事の席を用意するから、共に食事でもしながら今後について話し合ってみないだろうかと、考えている訳である。


 町民にあって町民にあらずといった態度を、この町の長たる私が率先するなど無礼千万であった。それについて貴殿に謝罪した上で、貴殿にこの町の正式な町民になってもらおうと計らっている。貴殿は明晰な頭脳を持ち、その頭脳と手腕で様々な効果を持つ素晴らしい治療薬などを作っていることは承知済みだ。その素晴らしい成果の数々を、他の町民たちにも享受させてやりたい。


 私はこれまでの態度を反省し、後日開かれる町民大会の席での挨拶で、貴殿を招いて改めて町民として紹介し、謝罪しつつ、貴殿を歓迎する言葉を宣言する所存である。


 もし良ければ今月二十五日の夕方五時に迎えを寄越すから、外で待っていてほしい。無論ながら、貴殿の元に居候らしい女性の方を同伴するのも歓迎したい。その女性の町民入りも視野に入れている。それについても食事の際に話し合いたい。


 とにかく、私は貴殿と共に食事をし、貴殿に謝罪をし、貴殿の誤解を解き、貴殿を町民として迎え入れたいと思っている。


 検討のほど、宜しくお願い申し上げたい。


 敬具

 アンルーヴ町長 ベルトラン・バラデュール



「なるほどなるほど」


 わたしは文面に納得した。たしかにこれは、とりあえず食事してみないかと言っているに違いない。


 現町長ベルトラン・バラデュールという人物が、何を意図して今さらエルネスティーを町民として迎え入れたいと思っているのかはよくわからない。しかしエルネスティーの誤解を解くきっかけにしてはこれ以上に良い機会はないだろう。もし和解が上手くいってエルネスティーが正式にこの町の住民として迎え入れられたら、彼女だって嬉しいはずだ。ジャックとエリーヌがエルネスティーを理解してくれた時だって、彼女は表情にこそ出さなかったが、すごく嬉しそうだった。


 わたしは顔を上げて、まだ困惑の表情を浮かべるエルネスティーに向かって言う。


「ねえ。これ、行ってみない」


「え」


「な」


 クランとエルネスティーが同時にこちらを見た。


「だって、エルネスティーの誤解を一挙に解いてもらう絶好の機会じゃない。たぶんこれ逃したらもうそんなチャンス訪れないかもよ。わたしもついていっていいみたいだし、何かあったらわたしが守る」


 そう言うも二人とも黙ったままだ。やはり、こんなかたちで町の人の理解を得ようとするのは、納得がいかないのだろうか。


 と、思われた。


「その、マルールが、守ってくれるなら」


「本当っ?」


 嬉しいこと言うエルネスティーに、わたしは抱き付こうとするもひょいと避けられてしまう。


「食事の日まではもう少し時間があるから、こちらからの手土産も用意しておかなきゃならないわね」


「でも本当に大丈夫かしら。今さら過ぎて何考えてるかわからないし」


「大丈夫だよクラン。さっきも言ったけど、エルネスティーはわたしが守るから」


 不本意な様子のクランだが、エルネスティーの決心した表情を見て彼女なりの諦めもついたようだ。


「わかった。何かあったら絶対にエル姉守ってね」


「わかってるって。クランは安心して待っててね」


 こうしてまだまだ記憶喪失中のわたしことマルールと、わたしの大好きなパンダ模様の青い魔女さんことエルネスティーは、ベルトラン・バラデュールという現町長の家へ、食事に行くことに決まったのだった。

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