幕間b

 魔女はひとりで行動することが多い。だが、向かう場所は決まっているようだ。八百屋と下手物屋と仕立て屋。少し前にはいつも共に行動していたという女はいない。不仲にでもなったのか、病に臥せているのか、どちらにしろ好都合だった。


 やつは八百屋で野菜を調達している。魔女は食べ物を食べず、ほとんど水分しか摂らずに生きているのだと言うが、なるほど魔女たる由縁はそこにあるのか。魔女が八百屋に入っていくのはおそらく片割れの女のためだろう。片割れの女は病に臥せているのだ。魔女は食べ物を口にしない。


「恐ろしい相手だ」


 煙草を咥え、同時に口の端が吊り上がった。恐ろしい相手であると同時に、面白そうな相手でもある。模様さえ気にしなければ美しい顔立ちだし、まるで成長が止まったかのように見える。その美しさと言えば、殺すよりも一生をものにしてやりたいほど。


 魔女が動き出し、煙を吐き出した。煙草を落として靴底で揉み消す。向かった先は──いつもの出入り口だ。あそこを使って魔女は出入りしている。他にも出入り口はあるが、あれ以外は使わない。これも好都合。


 おそらく今日はもう外出しないはずだ。踵を返して歩き出した。


 魚屋にいる漁師の息子は魔女が嫌いらしいが、そのくせ片割れの女とは、訪ねて来てはたびたび語らうようだ。そこで、その息子にある話を持ちかけた。


「あの女を使って魔女の動向を調査してくれ」と。


 やつは簡単に話に乗ってくれた。女とは長く話せるようになるし、魔女にはとっとと消えて欲しい。やつにとってはこれ以上無い申し出だろう。準備を整えている間にやつが聞き出してくれた魔女の動向は、今日の確認作業が寸分の狂い無く済んだことで証明された。


「イゾー」


「ああ、お前か」


 魚屋の扉を開けると、魚屋の息子はカウンターに突っ伏して暇そうにしていた。いつものことだ。適当なところに体を預けて語りかける。


「準備は整った。三日後に、お前の嫌いな魔女は町から消える」


「……そうかよ」


「どうしたんだ。嬉しくないのか」


「複雑な気分だよ」


「なぜだ」


「好きなやつの、好きなやつが消えるんだ。そうしたら、悲しむだろ」


「ほう」感嘆の声が漏れた。「片割れの女が好きなのか。お前は」


「ば、ち、ちげえよ」


「わかりやすい……」


 喉の奥でくっくっと笑いながらおかしさに顔が歪む。


「その情けで片割れの女に何か言わなかっただろうな」


「言わねえよ」


「それならいい」


 立ち上がり、扉へ向かう。「そうだ」


「なんだよ」


「イゾーには大いに協力してもらったから、特別に招待してやろう。魔女が死ぬところをその目で確認できるぞ」


「そこまで趣味悪くねえけど……」イゾーはじろりと俺に目を向け、「場所と時間だけは聞いておこうかな。その気になったら向かうよ」


「いいだろう。場所はあの施設内の北の外れにある入り口から入って間もなくの部屋。時間は夜の零時。今からぞくぞくするよな」


 イゾーは再びカウンターに突っ伏し「覚えておく」と眠そうに呟いて後は何も言わなくなった。


 また喉の奥で笑いながら、静かに魚屋を出ていく。


 魔女の相手は十二分に楽しむつもりだ。


 Cold Boarの名にかけて。

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