第40話


「まさくん、なんでわたしの日記勝手に見たりするのよぉ。ひどいじゃない」


 健太との二股がバレたのは、日記に健太とのことを書いてあったのだ。その日記をうっかり、真佐夫の部屋に忘れて寮に戻ったのだ。


「まさか優子が二股なんかしてるやなんて思わへんかってん。ペラペラとめくっとったら、なんや男の名前出てきたやんか。そやからなんやろ?思たんや。ほんなら明らかに付き合っとるやないか、これ。ショックやったわホンマ。その男と別れる言うんやったら、今回は俺も許したるわ。どないすんねん」


「だって、まさくんと会うには、まさくんの部屋にわたしが行くしかないじゃない。でもまさくんバイトでいないし。健太とは同じ職場だから、毎日会えるのよ。やっぱりいつも一緒にいてくれる人の方がいいから、健太を選ぶ」


 待ってよ知夏、と思わずわたしは突っ込みを入れたくなった。そこで健太を選ぶ?本命は真佐夫で、健太とは浮気というか、健太には彼氏がいることを伝えた上で、お酒を飲みに行ったりしていただけのはずだった。わたしはそのつもりだったのだけど、知夏は違ったのだろう。


「よくわからないなぁ。知夏って男性に依存してるようで、まったくしてないような気もする。真佐夫とは、またあの後寄りを戻したし」


 あの後、真佐夫から長い長い手紙が寮に届いた。別れた日、真佐夫は大阪の実家に何日か戻っていたという。新幹線の中で、わたしとの別れが辛くて、自分でも驚くくらい涙が出て止まらなくて、慌ててサングラスを掛けた、こんなに人を好きになったことはない、戻ってきてくれないか。手紙にはそんなことが書かれてあった。


 返事を書かずにいると、寮に電話もかかってきた。真佐夫の友達からだった「まさがこんなに落ち込むの見るんは初めてやねん。戻ってきてやってくれへんかなぁ。見てて俺も辛いねん」そう言った後、真佐夫に代わった。


「優子。俺は優子がおらへんとあかんねん。戻ってきてくれへんか。頼むわ」


 そのときのわたしは冷めていた。自分のことを愛してくれる人、二股を掛けたにもかかわらず、恨むこともなく、戻ってきてくれと言ってくれる人。そういう人を求めてきたはずだったのではないのか。優子としてのわたしはわからなくても、潜在意識の中にいる別人格はわかっていたはずだ。追いかけられると冷めるもの。恋とは本当にややこしいものだ。


「ごめんなさい。無理です」


 そう断ったはずのわたしは、数日後には真佐夫のアパートにいた、やはり別人格は、気付いていたのだろう。真剣に愛してくれるのは真佐夫だということを。


 真佐夫はすごく喜んでくれていた。電話をくれた、真佐夫の友達3人で居酒屋に行き、ホッピーというお酒で復縁の祝杯をあげた。


「ねぇ純也。知夏のやってることって、割りとあることじゃない?そんなに悪女ってほどのことじゃないと思うんだけど」


「ははっ。真佐夫と健太以外にも男がいたとしても、そう言えるのか?」


 まさか。わたしは純也の言葉で顔が青ざめる思いがした。あのとき三股をかけていたというのか。全然思い当たることがない。誰のことなのか。


「だ、誰よ。他にはいないわよ絶対」


「まぁ、相手も二股かけてたし、一瞬で終わったけどな。森田信次って男のだよ」


「あー。もう名前も忘れたわ。付き合った?あの人と?」


「京香の仕業なんだよなぁ〜。京香はとにかく男に惚れやすい。森田に彼女がいるのわかってて、それも、彼女の失敗を上司から怒られているときに、その上司に森田がくってかかるくらい、彼女は大事にされてるのを見たからな。自分にはあんなに大事にしてくれる人はいないって悔しかったみたいでさ。この人を自分のものにできないか、みたいな気持ちが出たんだよ。といっても、京香ってそんなにモーレツにアピールしなくても、結局相手の方も京香にってか、優子のこと気になってる感じだからな。京香さえその気になれば、だいたい男の方から誘ってくるんだよね」


 無茶苦茶な話だ。わたしがそんなにモテるはずがない。片想いばかりして、振り向いてもらった記憶なんてまるでないのに。何もかもが純也の作り話のように思えてきた。


「何それ。わたしがそんなにモテるわけないじゃない。あんた嘘ばっかり言ってない?好きになっても告白もできないし、相手から好きだとも言われたこともないわよ」


「それは優子の話だろ。京香が好きになった奴とは、うまくいくんだよ。その証拠に、二股三股ってことになってんだから。嘘言うわけないじゃん」


 言われてみればそうだ。だけど、どうしても信じられない。わたしの中に男狂いの人格がいる。心の傷がそうさせたのだとしても、受け入れ難い話だ。


「なんでわたしはそんなに愛を欲しがってるの?愛なんてなくても生きていけるわよ。現に今だって、ひとりなんだし、寂しいとも何とも思わないわ。もうわたしは大丈夫よ。京香も知夏も出てこないんじゃないかしら。だからもう京香や知夏のことなんか見たくない!」


「ほんとにそうなのかな。俺のことも邪魔か?消えて欲しいのか?優子が自力で治せると思うのなら俺は消える。そして、あとの5人も、もう現れないようにする」


 純也は、わたしの為に一生懸命やってくれている。それはわかっている。だけど苦しいのだ。


「ごめん。苦しくてつい……。自力で治らないから純也が出てきてくれたのに。ごめんね、酷いこと言って」


「わかるよ。でもやらなくちゃいけないんだろ?そうしないともっと苦しむことになるんだ。この苦しみを乗り越えないと。本当の自分を取り戻す為に」


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