第39話
二股、三股……。京香はいったい何がしたいのだろう。不安?誰からも愛されないことの不安からなのか。自分ではわからない。わたしは純也の言うように、感情を閉じ込めてしまっているのだろう。
いろんなことが起こっても、怒ったり悲しんだり喜んだりということを、あまり表に出せない。何かが起こると、何故?という疑問が先にきて、そしてこれが起こったのは誰のせいなのかと思い、自分のせいなのではないかと思ってしまう。その後の記憶があまりないのは、別人格が現れて、喜怒哀楽の部分を補ってくれているからなのだろう。
純也の言っていることを聞いていると、本当に今までの不可解な部分が、少し明らかになっていくような気がするのだ。とはいえ、まだまだ霧は深い。スッキリと晴れない霧が晴れていくような気分にはなれない。目の前には、濃い霧がかかっていて、何も見えない状態だ。この霧がスッキリと晴れて、目の前が明るくなる日は、いつ訪れるのだろうか。
二股や三股をしていたときの記憶は、あるにはある。と言っても、まさか自分が、同時に何人もの人と付き合ってるという自覚はなかった。何故かいつも数人の男性が自分の周りにいるな、くらいの感じだった。
「いったい誰と付き合ってるのかわからないときがよくあったわ。京香のせいだったのね。不安なのはわかる気がするけど、同時に何人もの人と付き合う必要なんてあるの?」
「そうだなぁ。2〜3人いれば、愛の数も2倍3倍にでもなるとでも思ってたんじゃないかなぁ。それと、その中にひとりくらい本気で自分のことを想ってくれる人がいるんじゃないかって。それが間違いだったってことに最近気がついたみたいだけどな。オヤジが事故にあってからは、京香も知夏も出てきてない。だけど、いなくなったってわけじゃないんだよ」
そうか。父親が交通事故死してから今まで、男性とは付き合っていない。それどころではなかったわけだが、京香もさすがに、恋愛する気にはならなかったということなのだろうか。
「これからまた出てくるってこと?」
「そろそろ出てきそうじゃん。オヤジのこともお袋のことも、落ち着いてきた頃だし。優子もひとりになって不安も強いだろ?」
「う〜ん。でも、出てきても相手がいないわよ。引きこもりだし。あっ、それと複数の人と付き合ってたときの知夏って誰に依存してたの?まさか全員?」
「見に行くか?それ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
考える暇もなく、純也からタイムマシンの中に押し込まれ、またグルグルの渦の中に引き込まれていった。
「オエ〜。気持ち悪い」
ほんとに慣れないタイムマシンの乗り心地。
「ほら、知夏がいたぞ」
純也の声で、なんとか知夏(過去のわたし)のいる方向に目をやった。
「俺とその男と、どっちを選ぶねん?ハッキリさせてくれへんとな、このまま付き合っていくことは無理やからな」
東京にいたときに付き合っていた
真佐夫とは、九州にいるときのペンフレンド、つまり文通相手、今でいうネット友達みたいなものだった。明星というアイドル雑誌での、文通欄で知り合い、真佐夫は関西だったが、お互い同じ時期に上京したので、会ってみることにしたのだ。
若い頃、デートというと緊張しまくり、喋れないし、食事に行っても喉を通らないので、相手のウンザリとした顔しか覚えていない。
真佐夫と会ったときもそうだった。初デートは、池袋サンシャイン60の展望台。昔は、デート代は男性が全部払うものと決まっていた。真佐夫は専門学生だったが、それでもやはりデート代は払ってくれたのだ。展望台でお昼を食べるときに、わたしはいつものように胸が詰まっていた。サンドイッチを頼んだものの、一切れ食べるので精一杯だった。その後に真佐夫のアパートへ行った。自慢の手料理をご馳走してくれるということだった。
わたしは会社の寮に入っていたけれど、ひとり暮らしの真佐夫は自炊をしていた。自己流のドレッシングで作ったサラダを、わたしに食べさせたいからと、張り切って作ってくれた。
真佐夫も緊張していたのだろう。ご飯も炊いてくれたけれど、水の量が足りなくて失敗したのだ。料理のまったくできないわたしは、レタスを手でちぎる手伝いをしただけだった。
サラダとおかずだけの夕飯を食べ終わり、そろそろ帰らないと終電に間に合わないと思ったのに、何故か翌朝目が覚めると真佐夫のアパートにいた。
「優子ちゃんが帰りたくないとか言うからな、ホンマビックリしたで」と翌朝、真佐夫に言われた。そんなことをわたしが言ったのかと、わたしもビックリしたけれど、今考えると、それを言ったのは京香だったのだろう。
真佐夫の第一印象は、変なサングラスをかけたスカジャン姿の男で、一瞬逃げて帰ろうかとも思った。だけど、サングラスを外した目が優しく、アパートに泊まり同じ布団で寝たのに、手を出すこともせず「何度か会ってから結ばれたいねん」という、冗談なのか真剣なのかわからない、関西弁に、わたしはなんだか楽しかった。
そんな真佐夫のこと、優子としてのわたしも好きだったはずなのに、それでもわたしは、二股をかけていたのだ……。
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