第38話


「それよりさ〜早く食べたいんだけど、アレ。ペヤングってやつ買ってきてくれた?」


 カウンセリングのある日は、純也は昼間にも現れる、ということが決定したようだ。なので今日は、テレビCMで流れていた、ペヤングという焼きそばに興味を持った純也から、それをリクエストされていたのだ。


「あのね、見ててわからないの?わたしは今、1日分のみんなが食べる食料を冷蔵庫に入れるのに忙しいの!少しは手伝うとか、そういう気持ちにならないの?」


 ちょっと待って。それは母親が生きていたときに、耳にタコができるほど、わたしが言われたセリフだったのではないか。


「俺が手伝うとか、そういうキャラじゃないのは知ってるだろ。早く食べて今日は知夏チカのところへ行くつもりだからな」


「知夏って誰よ」


「面白い子だよ。超めんどくさくて。知夏の存在は、宇野センセーもまだ知らないよ」


 わたしは冷蔵庫の扉を開けたまま固まった。まさかまだ他に、別人格がいるということなのか。


 ピーピーピーピーピーピー


「冷蔵庫が泣いてますけど?あっ、やっぱりショックだった?他にも別人格が存在してたこと」


 こうなったら、覚悟を決めて聞くしがない。


「いったい、わたしの中には何人の別人格がいるの?」


「今のところは、俺以外に、マイ、葉月、京香、愛子、知夏、幸子…かなぁ?あぁまだいるよ。ちょっと出のやつとか、お笑い芸人みたいのもいるよ。知夏は、宇野センセーの前にも現れてはいるんだけどさ、センセーは知夏のこと、京香だと思ってる感じだな。恋愛してるときに、知夏も京香と同時に現れるから。俺も全部は把握しきれてないし、全部は宇野センセーに伝えきれてないよ」


 お笑い芸人って……。みんなが口々にわたしのことを変わってると言う意味がよくわかってきた。変わってるとかというレベルじゃない感じだ。


「ち、知夏って、どんな性格なの?」


「それは見てからのお楽しみにしといた方が、楽しいと思う」


 楽しい?何が楽しいというのだろうか。純也はほんとに性格が悪い。しかし純也も、わたしの心の中の本音の部分が現れているのだ。


 純也を責めるのは違うのだと思う。人間には、本音と建前、表の顔と裏の顔、顔で笑って心で泣いて、そんな部分が必ずあるのだから。優子としてのわたしは、自分の心の醜いところを、認めようとしない、認めたくないと思い過ぎている。本音を人前で出す必要はないけれど、自分の心の中の本音を認めることは大事だ。


 お昼ご飯を食べて、またタイムマシンに乗り込む。


「なんで今日は知夏っていう人格を見に行くの?愛子じゃなくて。京香のこともまだ見てないのに」


「愛子のことは、今日のカウンセリングで、かなりどんな奴かわかったんだろ。京香よりも恋愛依存症なのは知夏だと俺は思ってるんだよな〜。京香なんか、まだかわいいもんだよ。とにかく行ってみればわかるから」




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「ねぇ。ほんとにわたしのこと好きなの?全然わたしのことなんて考えてくれてないじゃない!気持ちが伝わってこないのよ。どうして毎日電話してこないの?会いたくないの?じゃあもう別れる‼︎」


 20代前半に付き合っていた男性に、わたしが文句を言っている場面のようだ。


「わたし、あの人にあんなこと言ったの?全然覚えてない」


「覚えてるわけないだろ。別人格なんだから。知夏って、すんげぇワガママな子なんだよなぁ。男に依存してるし、毎日毎日24時間愛してくれないと、死ぬっていう勢いでさ。別れたくないのに、別れる別れるってわめくし。あんな風だから、男の方から別れようって言われちまうんだ。そうするとまた、嫌だー別れたくないーなんで別れるとか言うの死ぬー死んでやるって」


 なんという最悪な性格だ。自分では男性に対してクール過ぎるから、すぐに別れてしまうことになるんだろうと思っていたのに。逆だったとは。


「なんであんなことになっちゃうのかなぁ。別に今まで男の人にベタベタしたいとか思ったことないんだけど」



「たぶん、自分のことを誰も認めてくれないという不安があるからだと思う。優子は自分のこと、ドン臭くて、頭が悪くて、駄目な人間だと思ってるからな。だから先生とかお袋とかが、イライラしてしまうんだって思ってるだろ?自分のことをみんなが嫌ってる、誰からもどうせ愛されない、愛されるような人間じゃないって思い込んでるし。どんなワガママ言っても、許してくれる人がいれば、その人が自分のことを本当に愛してくれている人なんだと思ってるから、わざとワガママ言って、相手の気持ちを試してるんだよな〜。それで相手がウンザリして別れるって言うと、ほらやっぱりわたしのことなんて愛してくれる人なんかいないって思うんだ。違うんだよほんとは。そんなこと試したりしなくても、優子のことを愛してくれる人は絶対にいるし、今までの男たちだって、本気で優子のこと想ってきたのに、豹変する優子に、どう対処していいのかわからなくなるんだよ」


 試してる?わたしが?


「わたしはどうすればいいんだろう。知夏が出てこなくなるにはどうすれば……」


「自分に自信を持てばいいんだよ。そして相手のことを信用してやること。でも、信用し過ぎて騙されないようにすることを忘れちゃ駄目だけどな。それとさ、一度別れた男から、寄りを戻したいって言われること多いだろ?ワガママなところはあるけど、やっぱり本当の優子のことをわかってるから、また付き合いたくなるんだよ。いい女なんじゃねぇの?優子って。すげぇ魅力あるんだよ。それをわからないと、いい恋愛はできないぞ」


 何度もある。別れた相手から、電話がきて、やり直したいと言われることが。だけどわたしは、一度別れた人とはほとんど寄りは戻さない。わたし自身の気持ちも冷めているし、すでに新しい彼氏がいることが多いからだ。


「別れても、すぐに京香が次を探してゲットするから、元カレの入る隙間はないんだけどな。ははは。京香は二股も三股もかけるし。そしてすぐに冷めるんだ。知夏との違いはそこなんだよ」



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