第33話


「ほれ着いたぞ」


 この、タイムマシンという乗り物には、慣れそうもない。ジェットコースターのような、マッハGOGOGOのような(乗ったことはないけれど)目玉が飛び出しそうなくらいの、Gがかかっているような気がする。


 凄い速さで過去に戻るのだから、当たり前のことなのかもしれないし、本当は、Gなんかかかっていなくて、ジェットコースターという例えも間違いなのかもしれない。乗ったことのある人にしかわからない感覚、それがタイムマシンだ。


「ここはどこ?」


 タイムマシンから降りても、まだ目の前がクラクラとするので、どこに着いたのかわからない。


「以前住んでた家の中だ」


 純也がそう言う前から、誰かの叫んでいる声が聞こえていた。ふらつく頭を、ブンブンと振ってから、わたしは目を開けた。


「絶対に行かない!行きたくない!」

「どうしたの優子っ」

「うるさい!」


 目の前には、叫んでいる眞帆と、困っている顔をした母親がいた。眞帆は、周りにあるものを母親に投げつけている。


( あれがわたし?)


「わたし、なんで暴れてるの?」


「あれは、葉月の人格の出た、中2のときの優子だよ。バレーボール大会の日、休んだろ?あのときだ」


 純也が、バレーボール大会と言った言葉で、すぐに思い出せた。それもそのはずだ、あの日のことも未だに忘れたことはなく、何度も思い出しては悔しい気持ちで、胸が締め付けられるのだから。


 暴れたことは覚えてはいない。それが葉月が出てきたという証拠なのだろう。


 あの日、気がつくと、わたしは学校を休んで自分の部屋にいた。学校をズル休みすることなどしたことはなかったし、したくても母親が許すわけがない。嫌なことしかない学校なのに、行く理由なんてどこにあるのか、そんなことは考えることも許されない。学校へ通うことは当たり前のことなのだから。


 担任の先生が来ていると、母親から呼ばれてリビングへ行くと「なんで休んだんだ!」といきなり担任から怒られた。何故教師という人間は怒ることしか知らないのだろうか。何故もっと優しく理由を聞いてくれないのだろうか。それは、わたしだから、そういうことなのだ。


 怒られたこともショックだったが、担任は数学の教師で、数学のできないわたしをいつも怒っているので慣れている。それよりも、昨日までの出来事が頭に浮かんで、たまらなく悔しくなり、わたしは号泣した。


「ちゃんと理由を話しなさい。泣くだけじゃ先生もわからなくて困るだけでしょ」


 そう母親が言った。何故担任が困るのか。何故いつもいつもわたしだけが悪いことになるのか。わたしはなにも言わなかった。わたしの気持ちなんか、この人たちに言ってもわかるはずがない。どうせ甘えてるだけだと一喝されるだけなのだ。


 その日は、クラス別のバレーボール大会の日だった。わたしたち生徒は、毎日練習をしていた。だけど、わたしは超の付くほどの運動音痴だ。


 同じクラスには、背の高いバレー部の遠藤美香がいて、絶対に優勝するんだと意気込んでいた。


 練習中、わたしは何度も何度も遠藤美香から注意をされた。


「今の取れたでしょ!」

「今のは有坂さんの玉よ!」


 いったい何様なのだ。同級生から何故そこまで言われなくてはならないのか、わからなかった。部活の先輩でもなんでもないのに。


 わたしは中1のときに、バドミントン部に入部したが、先輩からそんなこと言われたことはなかった。


 そして、わたしのサーブはまったく入らない。ネットまで全然届かないのだ。その度に嫌な顔をされた。


 わたしはわたしなりに、サーブだけでも入れることができるようにと思い、放課後、体育館で、ひとりでサーブの練習を続けた。そのかいがあり、サーブが入るようになったのだ。


 何度やっても、確実に入るようになったサーブを、クラスメイトの高木佳代が見ていた。


「入るようになったじゃん」


 高木佳代は、いつもの冷たい顔で、腕組みをした態度で、わたしにそう言った。


(わたしだってやるときはやるのよ)


 仲の良い友達以外とは、ほとんど喋れないわたしは、心の中でそう言った。


 試合本番の前日は、練習試合だった。わたしのサーブの順番が回ってくると、練習した通りにサーブはネット上ギリギリを超えて、なんとか入った。しかも、わたしのサーブだけで10点も稼いだのだ。努力したかいがあった。わたしもクラスメイトに迷惑をかけるだけではなく、役に立ったと思った。


 練習試合が終わり、きっとみんなが、有坂さん頑張ったねとか、10点も入るなんてすごい、明日もよろしくとか、言ってくれるものだと思い、ドキドキしながら待っていた。


 だけど、誰一人、そんな言葉をかけてくれる人はいなかった。


 わたしなんか、努力しても、誰も何も感じない。いなくてもいいんだと思った。いてもいなくても、どっちでも良い存在、むしろいない方がいい存在なのだと、ハッキリとわかった瞬間だった。


 だからあの日の朝、葉月の堪忍袋の尾が切れて、学校を休んだのだろう。


 案の定、次の日学校へ行っても、誰もわたしのことなど気にしていなかった。


 仲の良い友達が「優ちゃんが休んだから、代わりにわたしが2試合出なくちゃいけなくなって大変だったよ〜」と言ってきた。内心では怒っているのだろう。休んだ理由を聞いてはくれないのだから。


 あいつらは何も感じないし、何も困らないのだ。


 弱い者だけが、悔しい思いをしたり、困ったりするだけなのか。あいつらのように強くなれば、嫌な思いをしなくて済むのだろうか。


 だけど、やはりわたしは、あいつらのような人間にはなりたくないと思った。


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