第32話


「優子、UFOと焼きおにぎり食ったら行くぞ」


「どこに?」


「だからさっき聞いただろ。予習をしたいなら、葉月や京香や愛子が出現した場面の過去に行くか、復習したいなら、アリサや桃子や眞帆や成美や美佐子のいる過去の世界へ行くか。どっちにする?」


「何それ。あぁ、つまりわたしが覚えてる過去を見たいのか、それとも次のカウンセリングで宇野先生から、いろいろと別人格の話を聞く前に、別人格が現れたときのわたしを見ておきたいのかってこと?別にどっちも見なくていいんじゃないの?過去のことなら覚えてるし、復習したいとも思わない。別人格のことなら、宇野先生に聞けば分かることなんだし」


 わたしは、自分の分のカップ焼きそばも作るため、多めの水を浄水器からケトルに入れ、コンロに火を付けながら純也に言った。


「あのさ、優子ってなんにも分かってないんだな。アリサを見たときに、どう思ったんだ?驚かなかったのか?過去のことなら覚えてる?それマジで言ってるのか?なんのために、この前あそこに行ったのか全然分かってない。優子の病気を治すためだろうが!優子は過去に戻って、過去の自分や別人格たちのことを見て来なくちゃいけないんだ。そのために俺が現れたんだ。UFO食うために現れたとでも思ってるのか?」


 分かっている。本当は純也の言ってることは全部分かってるのだ。アリサを見て、別人格が自分の中に現れた理由を知り、もっともっと過去の自分と向き合っていかなければ、多重人格者という病気は治らないのだと理解した。多重人格者の治療は、他にいろいろなものがあるのかもしれないけれど、少なくとも、わたしに必要なのは、過去に戻ること、だから純也が現れた。そのことを頭では分かっていても、やはりわたしは怖いのだ。分かっているのに、分からないフリをして、逃げ出したいのだ。


「わかった。焼きそば食べたら行く。やっぱり予習しといた方がいいのかな。先生の話だけじゃ理解できないかもしれないし」


「焼きおにぎり2個チンしてくれよ。やっぱ毎日昼間もここにいることにしようかな〜UFOと焼きおにぎり食べたいし」


 やっぱり焼きそばが目当てなのではないのだろうかと疑いたくなる。


「それに、マンガも死ぬほどあるし〜これでも結構気を遣ってるんだぜ。あんまりずーっと居ても鬱陶しいかな〜とか思って。だって俺ってさ、本当は優子の内側だけにいるだけの、おとなしい人格なわけだしね」


 自分で言うのか。


「しかし、この冷凍の焼きおにぎりって、やめられない止まらない〜だな。誰が発明したんだ?ほんとスゲえ。あと2個追加してくれ」


 冷凍焼きおにぎりを発明した人の名前は、ネットで検索すれば出てくるはずだけれど、そんなこと純也が知りたいとは思わないので、調べるつもりはない。しかし本当に純也が絶賛する通りに、冷凍焼きおにぎりは美味しい。表面のカリカリしたところが、歯にくっつくくらいカリカリしてるほどに美味しいとわたしは思う。かっぱえびせんを食べるのが止まるほど美味しい。


「あんまり食べちゃ駄目。塩分の取りすぎになるから」


 止まらなくても止めなくてはならない。別人格が食べたものも、わたしの身体の中に蓄積されてしまうのかもしれないので、気が気ではない。わたしは焼きそばのソースも半分しか入れないのに、純也は全部入れてしまうし、やはり昼間は遠慮してもらうように、はっきりと言わなくてはと思った。


「んじゃ、葉月でも見に行きますか」


 タイムマシン(有坂電器の名入りの軽トラ)に乗り込むと、動物園のパンダでも見に行くかのように、純也がそう言った。別人格見学タイムスリップツアーは、初っ端から凶暴だと言われる葉月なのか。


 凶暴なわたし。暴れたり、激しい言葉で相手を罵るわたし。まったく想像ができない。見たいような、見たくないような……。見たくない気持ちの方が断然強い。


 わたしという人間は、人に反発できない性格だ。親や先生や上司などから怒られても、反発などできない。クラスメイトや職場の先輩などから意地悪をされても、じっと我慢していた。


 最近では、お客様は神様であるはずの、客の立場のわたしに対して「ちっ」と舌打ちするのが聞こえるくらい、わたしのことをバカにする、スーパーやガソリンスタンドやコンビニの店員がいる。車のディーラーの人まで、客を客とも思わない態度で、目が笑っていない。


 別に、自分を神様だとは少しも思わないし、逆にこちらの方が「ありがとうございます」「すみません」と言ってしまうくらい、働いている人に敬意を表しているくらいなのだ。


 そんなわたしが怒るのだろうか。わたしの我慢してきた心が、葉月という人格な作り出し、怒ったり暴れたりしてしまうのだろう。目を背けずに、しっかりとこの目で確かめなければならない。


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