第7話
「あはははは。そういえば、栓抜きって最近使わなくなったわ。缶切りも使う必要ないし。缶詰めはほとんどのものがプルトップになってるから」
美佐子が笑っていた。
「わたしは栓抜き使ってるよ。いま働いてるところ、夜の宴会が多いから。瓶ビールの栓をカッポーンって一発で抜けるようになった。でもこの間失敗して、お客さんの靴の中にビールがゴボゴボ入っちゃって。しかも俳優さんの。店にはじめて芸能人が来たから緊張しちゃって」
そう言ったのは成美だ。
「あはははははは」
そうそう、そんなこともあった。東京で働いていたときだ。どんくさいわたしが、いい気になると必ず失敗するのだ。絶対失敗しちゃいけないと思うと尚更のこと。
しかしなんだか、みんな慣れてきて和やかな雰囲気になってきたようだ。子供たちも、少しずつ緊張が解けてきたのか、ウロウロし始めている。表情も少し緩やかになってきている。
良かった良かった……。
いやいや違う違う。良かった良かったとか言って安心している場合ではない。早くこの6人が消えてくれないと、わたしの精神は崩壊するし、経済的にも破綻する。
いったいいつまでいるのだろうか。といっても、まだ半日も経っていない。お昼ご飯を食べただけではないか。
わたしの体力は、コーラを買いに行った時点で限界がきていた。今日は、午前中に食料品を買いに行ってきて、その後お昼ご飯を作って……。
わたしは、多重人格という病気の症状は、わたし自身ほとんど感じてはいないが、多重人格になる人は、他の精神病を患っていることが多い。わたしもそうなのだ。
他の精神病と言う意味は、解離性同一性障害も精神病として認定されているので、障害年金も受給できる。医者が認定すればの話だが。
うつ症状、パニック障害、睡眠障害などなど。そしてそれぞれの薬を飲んでいる。
当然、自律神経がうまく調節できないので、テンションが上がり過ぎてもいけないし、リラックスするのは大事だが、寝てばかりいてもいけない。しかし、体は常にきつくてだるい。
なので、1日にできることはひとつだけ。買い物に出た日は、家のこと、掃除や洗濯などはしないことにしている。食事は作るのだけど、なるべく簡単なものにしている。
こんなわたしが、よく結婚なんかできたものだ。というより、多重人格のせいで働いていても、人とのコミュニケーションがうまくいかず、職も転々とした。なので結婚した方が楽だと思ったのだ。
多重人格と診断されたのは、離婚後のことだったが、自分でも人から見ても〈なんかちょっと変わった変な人〉というのが、わたしという人間なのだろうと思っていたのだ。
ナマケモノのくせに完璧主義者という、まったく逆の二面性もある。別人格の仕業なのだろうか。なので、仕事も家事も完璧にやりたい自分と、とことん怠けたい自分が交互にやってくるのだ。
特に家事が嫌いなわたしは、はたらくことがめんどくさいから結婚したのにも関わらず、最初は頑張っていた家事も、怠けるようになってきた。
それが離婚の理由にもなったのだ。
今日はこの後、夕食も作らなくてはならないし、明日の朝食のことも考えると、いま家の中にある食材だけでは足りないので、もう一度買い物に出る必要があると思った。
もし6人が、ここで寝るのなら、パジャマや布団の準備、歯ブラシなどもいる。お風呂に入るなら、バスタオルも足りない。
「あっ、優子さん。わたしと成美さん、コーヒー頂いてもいいかしら。優子さんも飲むでしょ?」
美佐子に言われて気がついた。今日はまだ一回もコーヒーを飲んでいなかった。コーヒーが大好きなわたしは、昔は日に何杯も飲んでいた。だけど、睡眠障害になってからは、2杯までにしている。
「ありがとう。じゃあお願い」
コーヒーを飲んだら、もう一度イオンモールへ買い物に行こう。
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