第8話
「で、コーヒーどこにあるのかしら?」
美佐子から聞かれたわたしは、インスタントコーヒーとハチミツを棚から出した。そしてマグカップの入っている食器棚の扉を開けた。
「うわ〜。マグカップの種類増えたのね〜。お洒落なのたくさん。わたしこのお花のがいいな。成美さんはどれにする?優子さんは?」
あぁ、めんどくさい。どれでもいいから早くして欲しい。わたしはイオンにまた行かなくてはいけないのだ。マグカップは離婚してから集めるようになったから、美佐子も知らないのだ。有田焼や波佐見焼きが多い。
「コーヒーにハチミツ入れるの?」
成美がまた怪訝そうな顔をする。
「ああそうね〜ハチミツ入れるようになったのは、お母さんが生協に入ってからだもんね。実家に行くとハチミツ入れてたからわたしは慣れてるけど。コーヒーは相変わらずインスタントだね。めんどくさいもんね。あれ?何このカフェオレになりたいコーヒーって」
「カフェオレにする牛乳に合うように作られたコーヒーみたいよ。アイスにしてもすぐ溶けるように」
「カフェオレってなんだ?そんなの俺たちのときにはなかったぞ。なぁ眞帆」
「うん。コーヒー飲むときはマリーム入れるから。牛乳嫌いだし」
あああ……。もうみんなワガママ言わないで欲しい。わたしだって好みとかいろいろ変わっているのだから。確かに牛乳は、高校生のときまでは飲めなかったけど。
毎朝、食パンを食べるときに、眞帆もサリーもコーヒーを飲むから、マリームも買ってきた方がいいかもしれない。
美佐子は、限りなく今のわたしに近い年令だ。それでも、現在のわたしの生活は、6人全員から見るとかなり変わってきているのだろう。
「カフェオレはわたしも飲むけど、牛乳、生協のじゃないわね。生協やめたの?」
美佐子にそう言われて、わたしは一番みんなにとって、ショックなことを言わなければならないことを思い出した。
それは、父も母も亡くなったということだ。過去のわたしに、このことを話していいものなのか迷った。
アリサや桃子、眞帆に、その事実を告げるのは、あまりにも酷なことのような気がする。サリーや成美や美佐子にしても、かなりショックを受けるはずだ。
父は、昼間働いていたので、いなくてもあまり疑問に思わないかもしれないが、この部屋の雰囲気が、6人が住んでいたときの実家の雰囲気と違うというのは感じているはずだ。一戸建ての家がマンションに変わったということだけではなく。
美佐子でさえ、このマンションに引っ越したことは知らない。ここへ越してきたのは父親が亡くなる2年前だったからだ。2年前に父親は交通事故で亡くなり、半年前には母親が脳梗塞で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
この6人が、いつまでここにいるのかわからないが、すぐにいなくなるかもしれないので、わたしは父と母のことは話さないことに決めた。本当のことは聞かれたときに話せばいいことだ。
それに、過去から現在へ来るということがわからない。多重人格の別人格は、過去からやってきた自分ではないのではないか。もしも過去のわたしが未来へ行っていたのだとすれば、優子としてのわたしは、そのことを覚えているはずではないのか?わたしはわたしの記憶の中で、未来へ行った記憶はない。
「そうそう。生協はやめたのよ〜。ここに引っ越してきたこともあるし、前のところより少しは都会だし、生協って無駄なものをついつい買い過ぎちゃうでしょ」
わたしは、とりあえず生協のことだけ返事をした。本当は母親が亡くなったからやめたのだけれど。
「え〜。わたし生協の牛乳が美味しいからカフェオレを飲むようになったのに。残念だわ」
ようやく美佐子は、コーヒーを作り終わり、わたしはやっと座れたソファーでコーヒーを飲んだ。欲をいえば、もう少し牛乳を多く入れて欲しかった。
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