第3話


 グゥゥゥゥゥ……


 誰かのお腹の虫が鳴った。俯いてお腹を押さえて、顔を真っ赤にしている眞帆らしい。


「ははは。腹減ったよな〜。俺も腹減ったよ。優子なんか作ってよ。優子って、緊張したり、シーンとした場所で人がたくさんいると、大きなお腹の虫が鳴ってたよな。今でもそうなのか?」


 サリーの言う通りだ。


 わたしは、教室の中で授業中やテスト中にシーンとしたり、鳴ってはいけないときや、鳴って欲しくないときに限って、大きなお腹の虫の音が響いて、何度恥ずかしい思いをしたことか。それに加えて、トイレも近くなるのだ。


「作るって7人分も?今日はなんとか買い物にも行ってきたばかりだし、作れると思うけど、あなた達いつまでここにいるの?毎日3食となると、毎日買い物に行かなくちゃならなくなるわ。それよりトイレ大丈夫?眞帆ちゃん、アリサちゃん、桃子ちゃん、我慢してるんじゃない?」


「眞帆……トイレ行きたい」


 やっぱり我慢してたのだ。トイレが近いのは、わたしの永遠の悩みだ。


「眞帆ちゃんトイレこっち。アリサちゃんも桃子ちゃんも行くよね?」


 アリサはコクンとうなづき、少し安心したような泣きべそをかくような顔をしたように見えた。わたしはアリサを先にトイレに入れた。


「洗面所はそこ、眞帆ちゃん、アリサちゃんと桃子ちゃんのお世話お願いね。アリサちゃんは洋式のトイレの使い方わからないと思うし。タオルも掛かってるからわかるよね」


 わたしは、洗面所で除菌効果のあるソープで、手を丁寧に洗い、新しいタオルを2枚棚から出し、お風呂のドアについているタオルかけに掛けた。


 これからずっと7人で暮らすことになるとすれば、食材だけではなく、いろんなものが足りない。


 いろいろ考えることがありすぎて、パニックになりそうだったが、とりあえずお昼ご飯を7人分作ることが先だ。


「優子、いっきに3児の母になったって感じだな。さっき、いつまでいるのかって聞いてたけど、俺たちにわかるわけないだろ。それよ早く〜優子お母さん。ご飯作って〜」


 なんでわたしが、わたしのお母さんってことになるんだ。突然現れた6人という状況だけでもややこしいのに、さらにややこしいことを言わないで欲しい。それにサリーは高校生なのに、なんでわたしを呼び捨てにするんだ。


「何食べる?7人分ってなると、ラーメン作るにも大鍋になるから取り分けるのが大変そう。今日は気温も高いし、ソーメンでいい?あとは冷凍ピザとかあるし」


「わたしたちも手伝いますよ。ねぇ?」


 美佐子が、隣に座っている成美にそう声をかけた。成美は、少し怪訝そうな表情を見せたが、立ち上がった。


 わたしは、その成美の態度に少し笑った。美佐子も成美もわたし自身なのだから、料理などしたいわけがないのだ。


 自分で言うのもおかしいが、わたしは極度のめんどくさがり屋で、できることなら、何にもしないで生きていきたいという人間だ。


「じゃあ、手を洗ってきて」


「はぁい」


 昔は潔癖症ではなかったわたしだったが、いつの頃からか、バイキンが見えるようになり、それが徐々に激しくなっている。確か、美佐子や成美のときは、バイキンのことなど、あまり気にしていなかったと思う。


 大鍋に水を入れながら、ふとサリーを見ると、サリーは、どこからかみつけてきた漫画本を、ソファーに寝っ転がって見ていた。サリーは、わたしの別人格の中でも、特に強気でマイペースな性格だというのは、最初からわかったので、ほっとくことにした。


 いや、ここにいるのは別人格ではなく、過去のわたしのはずだ……。サリーは本当にわたしなのだろうか?


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