第2話


「優子、驚かせてごめん。だけどさ、俺たちだって、突然ここにワープされてきたわけで、まだ意味が全然わからないんだ。ただわかってるのは、俺たちと優子は同じ人物だってこと。とりあえず、みんな自己紹介しようぜ。俺はサリー、高校生だ。俺って言ってるけど、一応女。よろしく」


 何?

 どういうこと?

 ますます頭が混乱してくる。


 ここにいる6人は、全部わたしってことなのか。


 そう言われてみれば、全員わたしの顔だ。過去の写真の中から抜け出してきた、そんな感じの……。


「わたしは美佐子。年令は20代後半から30代のあなたってことになるかしら。結婚した頃のね」


 まだ今起こっていることに現実感のないわたしが、何も言葉を発せないうちに、次々と自己紹介は続く。


「わたしは成美。10代後半から20代前半のあなた。お仕事していた頃のあなただと思う」


 わたしは多重人格者だ。それは病院で診断してもらい、わかっているし、カウンセリングも受けている。


 だけどそれは、わたしの体はひとつで、中身が分かれているというだけのことだったはずだ。


「ほら、次はお前が自己紹介しろよ」


 後の3人は子供だ。自分から話せないので、サリーがそう言って、ひとりの子を指差し、自己紹介するように促す。


「わたしは眞帆です。中学生です」


 パーマ毛のないストレートの黒髪の少女。なんとなくオドオドしている。中学生の頃の嫌な思い出が蘇り、気分が悪くなってきた。


「はい次〜」


 サリーが眞帆という子より少し小さい子にそう言った。


「桃子です。小学生です」


 桃子は、耳を澄ませないと聞こえない声でボソボソと言う。


「最後は……あっ、この子は喋れないんだよ。優子が帰ってくる前に、みんなで話していたときも、一言も喋らないんだ。あれだろたぶん。カウンセラーが言ってた、場面緘黙の時代の優子。優子、なんか書くものある?」



 場面緘黙は、ある特定の場面でだけ全く話せなくなってしまう現象である。子供が自宅では家族らと問題なく会話をしていても、学校や幼稚園など家の外では全く、あるいはそれほど話さず、誰とも話さないという例は多い。そして、その子供は非常に内気な様子に見えるが、単なる内気で恥ずかしがり屋な性格とは違う。



「だけど、家族とは普通に話してたわよ。なんでここはみんなわたしなのに、話せないの?」


 わたしはまだ、いま部屋の中にいる6人全員を、自分自身だとは、はっきり認めたわけではないが、徐々に認めつつあるのか、その小さな子が自分だとすれば、喋れないはずがないというところまで理解していた。


「この子もまだ状況が飲み込めてないんだよ。優子だってそうだろ?大人がわかんないのに、見たところ5歳くらいのこの子に、わかるわけないって」


 サリーは、頭の回転の速い子なんだなと思ってから、サリーもわたし自身なのか、とまた頭が混乱してくる。


 とりあえず、ノートとボールペンをサリーに渡す。


「ほれ、これに名前と年令書いてみ」


 サリーは、一番小さな子が座ってるテーブルの前に、ノートとボールペンを置いた。



 アリサごさい



 ノートにはそう書かれていた。


「アリサね。オッケー。あのねアリサ、俺たちはみんな、アリサと同じなんだよ。って言ってもわからないと思うけどさぁ。そうだ家族、お父さんやお母さんと同じようなものなんだから、今はノートでもいいけど、少しずつ喋ってくれるかな?」


 サリーがそう言うと、アリサはコクンとうなづいた。


 サリーはまだ高校生だというのに、子供と接するのも慣れている。わたしは、結婚はしたけれど、夫とはうまくいかず、離婚をした。子供はできなかった。


 解離性同一性障害のわたしが、子供を生んでも、育てられなかったかもしれないので、できなくて良かったのかもしれない。


 子供は苦手だ。

 疲れるから。

 あの目が嫌いなのだ。

 心の中を見透かすような、あの目が。


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