千秋の本屋と無口なくまの子。
ピクルズジンジャー
第1話 千秋 田舎に関するおばさんの持論を聞く。
「田舎には二種類あるのよ。使い物になる田舎、使い物にならない田舎」
縁側で庭を眺めながらアイスを舐めている時、千秋の隣に座ったおばさんが言った。
おばさんといってもまだまだ若い。大学を出て数年、昔ならいざしらず現代ならお姉さんといっていい年齢だ。だから千秋はおばさんを名前でミサコちゃんと呼んでいる。
おばさんは漢字で書くと「叔母」になる。つまり千秋の母さんの妹だ。
大抵のおじさん・おばさんは甥っ子や姪っ子にはやたらと甘い。ミサコおばさんもご多聞にもれず自分にとって初めての姪っ子である千秋にはとてもやさしかった。コンビニで買うおやつ代を出してくれたり、持ってるパソコンで動画を見せてくれたり、ドライブと称してどこかへ連れて行ってくれたり、父さん母さんなら教えてくれないような話をしてくれたり……。ミサコおばさんが大学のころからずっといた都会から帰ってきて以降、一番の恩恵にあずかっているのが千秋である。
そんなミサコおばさんの田舎論を千秋はおとなしく拝聴した。
「使い物になる田舎っていうのは、世界遺産になるくらい風景がきれいだったり、妖怪が住んでたって昔話が伝わっていたり、珍しいお祭りが行われたり、働き者の農家のおじいさんがいたり味噌や梅干しやおせちを手作りするおばあさんがいたり、まあそういうところね。夏休みに親の離婚でやってきた小学生が心優しい河童だとか座敷童だとかと仲良くなったり、おじいちゃんおばあちゃんの子供時代にタイムスリップしてしまったり、そういう物語を考えていしまいたくくらい絵になる田舎が使い物になる田舎」
「ふんふん」
「使い物にならない田舎は、産業道路が田んぼを突っ切って、軽トラに乗ったおじいちゃんがパチンコ屋で暇をつぶしていてスーパーで調達した味噌や梅干しやおせちに文句つけるおばあさんがいて、どこの家も仕事や家事で忙しくてそんなことやってられないのに伝統だからって理由でしょぼいお祭りを継承して、河童も座敷童も嫌気がさして逃げていくくらいつまんなくて、もちろんタイムスリップも起きないから親の離婚で都会からやってきた子供がふてくされて日がな一日ゲームやるしかないような田舎が使い物にならない田舎」
「ふんふん」
頷きながら千秋は、ミサコちゃん朝のことを引きずってるのかな? とひそかに勘繰る。今朝、ミサコおばさんのお母さん――千秋にとってはお祖母ちゃんにあたる――から「いつまでもふらふらしてるのは許さないからね!」と叱られていたのだった。ミサコおばさんは大人だが、千秋のお祖母ちゃんからしょっちゅう叱られている。叱られたあとのミサコおばさんはこうして千秋相手に毒舌を吐くのである。
「で、千秋はうちの地区が使い物になるかならないか、どっちの田舎だと思う?」
「うーん……」
形式的に悩んで見せたが、考えるまでもない。千秋の住んでいる地区はミサコおばさん式では完全に「使い物にならない田舎」に仕分けられる方の田舎であった。
古い民家は取り壊されて新建材の家に建て替えられる。子供心にみてもレトロで雰囲気の合った近所のタバコ屋兼酒屋は代替わりと同時に大手コンビニのフランチャイズ店になった。塾帰りの中学生が夜に自転車で立ち寄ってペラペラ長話していたりするのがうるさくてちょっとした問題になっている。
「あんまり妖怪はいそうじゃないね」
千秋は認めざるを得なかった。
「地域を舞台にした物語を作ろう」という国語の宿題が出たので、千秋は張り切ってそれに取り組もうとしたのだ。頭には都会から田舎へ引っ越してきた女の子が森の妖怪と知り合う大好きなアニメ映画があった。ああいう物語をぜひ作ってみたいと熱意をもち、鎮守のお宮や竹藪脇の通学路やヒガンバナの咲くあぜ道をむやみやたらと歩いてみたものの、一向にインスピレーションがわかなかったのだ。
私の住んでいるところは田舎だけど、どうもアニメやお話の本に出てくる田舎とはなんだか違うぞ? そもそもあんなにきれいじゃないし、住んでる人だってあんなに心が奇麗そうじゃないぞ……。と、一度疑問を持ってしまうともういけない。
そこでミサコおばさんに相談するとこのような答えが返ってきたという訳だ。 ちょうどアイスを食べ終わった千秋はごろんと縁側にあおむけになった。
「うーん、やっぱりこのネタでお話を作るのはやめた方がいいかなあ。なんだか全然イメージがわかないもん」
すると今まで使い物にならない田舎をけなしていたというのに、ミサコおばさんは「まあでも」なんて急にフォローするようなことを言いだすのだ。
「一概に使い物にならない田舎だからて悪いわけじゃないよ。コンビニが出来てくれたおかげでこうやって千秋がアイスをいつでも買いに行けるようになったわけだし、スーパーで味噌や梅干しが買いに行けるようになったから、おばさんやおばあさんの生活は格段に楽になったと言えるわけだし。新建材の家は古民家みたいな風情はないけど奇麗で暖かい」
「ふんふん」
「使い物になる田舎を目指してそういう利便性を取るか、利便性をとって使い物にならない田舎に堕してしまう道を受け入れるか、その二者択一だとミサコちゃんは思うのよ」
「ふんふん」
頷きながら、ここでお母さん――ミサコおばさんにとっては一番上のお姉さん――がいたら「はい出たミサコの独演会。そんな暇あるんなら洗濯ものぐらい取り込みなさいよ」とかなんとか茶々を入れる所だな、とちらっと思う。だけど、平日の昼間の母さんはお仕事中で家にはいない。
よってミサコおばさんの独演会は遮られることなく続く。
「大体、使い物になる田舎を求める人は実際田舎で暮らさない人なのよ。田舎で生活しないからそこいらに河童だの座敷童だのがいるってイメージがもてあそべるの。河童はともかく座敷童がいるのって東北のどこかだっていうのに」
ミサコおばさんはヒートアップしてきたのかまた毒吐きモードになっている。
「つまりミサコちゃんが言いたいのは、使い物にならない田舎で育ってきた千秋がああいうアニメみたいな物語が作れなくっても気に病む必要はないってことよ」
急にフォローしだしたのは、構想していた物語を書けずに断念した千秋を慰める目的があったらしい。ミサコおばさんなりに「まずい」と焦ったのだろう。
「使い物にならない田舎なりに物語があって、千秋はそれを自分なりに書けばいいんじゃないかな」
「……うん」
天井を見上げながら千秋はうなずいた。
使い物にならない田舎なりの物語、そんなの見つけられるだろうか。
ていうか、たかだか国語の宿題でここまで頭を悩ませる必要はあるんだろうか。みんなどうせ有名な物語を真似した物語で適当にすませるに決まっているのに、自分ひとり張り切ったら恥ずかしくない?
そんなことを考えていた時、庭の生垣ががさがさと音をたてた。生垣を挟んでお隣に住んでいるおじいちゃんやおばあちゃんが用事があると人が通れるくらいのサイズに刈り込んだ穴をくぐって家にやってくることがある。その穴は二人がいる縁側からは離れの陰になって見えない。
今日もまただれか来たのかと思い身を起こしたけど、その姿は見えなかった。
「……あれ?」
がさがさという音はミサコおばさんも耳にしていたらしい、きちんと居住まいをただしていた。しかし誰も来なかったのでやれやれと力をぬく。
「今のなんだったんだろう? ガサガサっていったよね」
「いったいった。ネコか鳥じゃない? ひょっとしたら猿かも。どこかの畑が夜中に猿に荒らされたっておばあちゃん言ってたし」
「ええ~。猿はいやだな、猿は」
その夜、千秋は作文用のノートに宿題の物語を書いた。
みんなに馴染めない人見知りの男の子が、お祭りのおみこしをかついで仲間に受け入れられるという物語だ。
あまりに嘘くさい内容で自分でもうんざりするような出来だったが、提出してしばらく経った後に返却されたノートには先生から立派な花丸がつけられていた。
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