チェック

 ジャイロキャノピーの出物が在ったと秋月さんに連絡を入れると「是非見せてください、日にちはお任せします」と返事が来た。中島の休日に合わせて店を訪れてくれるのはありがたい。何しろ生粋の変態である中島と直接交渉なんて恐ろしいことは絶対に避けなければならない。ただでさえ息をするように変態的な言葉が口から出る変態である。


「つーことで今週の土曜日、相手さんが来るから」

「了解、じゃあハンコを持ってくるわー」


 今日の中島は同じジャイロでも屋根が無い『X』に乗ってきた。


「今日はキャノピーと違うんか?」

「ん~、(走行)距離が伸びん方がエエやろ?」


 引き渡しまでに走行距離が伸びない様に、事故に会って転売が出来なくならないようにと取引直前のバイクに乗らないのが中島の流儀だ。


「それと、冗談抜きで『オ〇コ』とか言うな」

「じゃあ『オ〇〇コ』は」


 言い方が関西と関東の違いなだけで意味は一緒だ。もちろんダメに決まっているというと中島は「冗談を本気でとるな、俺は変態では無い」と言った。


 秋月さんとの約束の日、中島は職場から軽トラックを借りてジャイロキャノピーを運んできた。原付ながら車重百キログラムを超えるジャイロキャノピーは重い。仕事柄重いものを持つ中島でも一人で積むのは難儀だったらしく、降ろすのは「一人では嫌や、助けて」と言ってきた。


「よっこいせっと、それにしても重いよなぁ」


 モンキーやダックスなどのレジャーバイクと比べてジャイロキャノピーは重い。原動機付自転車ながらある意味小さな自動車だと思う。


「さて、念のためにチェックを頼むわ」

「わかったけどお客さんが来ても変なこと言うなよ」


 試乗している間に秋月さんが来て中島と二人きりになったら一大事、下手をすればイチモツを見せたり卑猥なことを言ったりしかねない変態が妙に色気がある女性と出会えば警察沙汰になりかねない。


「わかってるって、それよりチェックをしてくれや」


 中島に促されジャイロキャノピーのセルスイッチを押すと、キュルリと軽いクランキング音を立ててエンジンは始動した。バッテリーは新品かと問うと「そら換えんとアカンやろ」と返事が返ってきた。ヘッドライトが妙に明るいのはLEDライトの換えたからだろう。街灯の少ない高嶋市では有効な改造だ。


「場内だけ軽く走るで」


 我が家の屋根無しジャイロXと比べると車体が重いからか爆発回数が半分だからかよく言えばマイルド、悪く言えば非力に思う。走りにパンチこそないが始動性の良さや静粛性に関しては二ストロークエンジン搭載車より格段に上だ。


「速くはないな、ボアアップしたいなぁ」


 残念ながら現行ジャイロシリーズに搭載されている四ストロークエンジンは簡単に排気量を拡大してモアパワーを求めることは難しい。それでも原動機付自転車として必要にして十分なパワーはある。


「ブレーキはこんなもんか、まぁ十分やな」


 整備をした本人は『俺はヘッポコ整備士やから』と言っているが、根本的に時間に追われたり精神的に追い詰められたり。増してや自分の限界以上に仕事を詰め込まれてはまともな整備は出来なかっただろう。今の中島は時間に追われずじっくりと整備に取り組み、マイペースで楽しくオートバイ弄りをしている感がある。


「おっと、秋月さんが来る」


 自転車に乗ってこちらへ向かってくる秋月さんの姿が見えた。ジャイロキャノピーの車体に不安はない、不安があるとすれば売り手が変態なことだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る