ファーストコンタクト①

 早朝から店先で大勢の女性が集まって何やらワイワイガヤガヤと蠢いている。


「おいおい、早朝から一体何で集まってるんや?」


 店先に行事に使う『藤樹商店街』と描かれたテントを建てているのはご近所の奥様方だ。二日ほど前に店へ来たご近所さんが日よけのテントを建てたいと言ってきたので気軽に許可をしたのだが、まさかのビッグイベントの模様。恍惚とした表情で「われらの神がご降臨される……」と呟くのを聞いてピンときた。


「そうか、落ち着いたか」


 我が大島サイクルのご近所で奥様方が大興奮をすると言えばに間違いない。男装の麗人ファンの皆様お待たせしましたってやつだ。そういえば二日ほど前にリツコさんが「実家より涼しいこっちに戻ってくるんだって」と言っていた。


「う~む、宝〇じゃないんやから」


 昨夜視たネット動画で某歌劇団男役の入り待ちがアップされていた。それと似た光景が我が店の駐車場で起こっている。事件は会議室で起こっているのではなく現場で起こっているのでもない。店先に訪れようとしているのだ。


「ま、盆で運送屋さんは来んから好きにしとき」


 集まっているのはご近所でもあるしお客様でもある奥様方ばかり。事を荒立てては一大事、男装の麗人が嫌いな婦女子が居るだろうか? いや、居ない。そして、男装の麗人に恋する乙女(?)を止められるだろうか? ま、止める必要は無いし下手に手を出さないのが無難だろう。


 BLであろうが百合であろうが女性ファンの勢いはすごいのだ。


「とと、おばちゃんたちは何してるの?」


 パジャマ姿で現れたレイに晶さんが来ると伝えた途端に寝ぼけ眼は一気に覚醒したのだろうか、鋭い光を発した気がする。


「にーにが来るの?」

「うん、だから顔を洗って歯磨きしておいで」


 時刻は午前七時前、ちなみに晶さんが来るのはお昼前だ。


「そうや、ついでにママを起こしてきて」

「うん!」


 元気よく返事をしたレイが走り出した数分後、「レイちゃん! 引っ張らないで!」と叫ぶリツコさんの声が聞こえた。おそらく引っ張ったのは毛ではなくTバックだと思う。


◆        ◆        ◆


 せっかく浅井夫妻が来るのだから昼飯は庭で焼肉でもしようと下ごしらえをしているとレイが「とと、なにしてるの?」と覗きに来た。お肉だと答えると「おにく!」と目をキラキラとさせて反応するのを見ていると幼いころのリツコさんもこうだったのかなと思う。「にいにはいつくるの?」と何度も訪ねてくる娘は間違いなく晶さんを男性と思っているのであろう。残念ながら晶さんは女性で薫さんという夫も居る人妻だ。「はやくにぃににあいたいな~」とウキウキしている娘が不憫で仕方がない。


 仕込みが終わりバーベキューセットを用意し始めた時、店の方から奥様方の大歓声が聞こえた。娘にリツコさんと一緒にお出迎えに行ってと言おうとしたがすでに走り出している。娘よ、君が恋焦がれている『にぃに』は女性やなどと思っていたら血相を変えて戻ってきた。


「とと! にぃにがおんなのこになってる!」

「なにぃ! いや、晶さんは女の子やぞ?」


 玄関から「こんにちは」「久しぶり」と薫さんと晶さんの声が聞こえた。出迎えたのであろうリツコさんの「あらっ! すごいじゃない!」の声も聞こえる。「とと! きて!」と娘に引っ張られて玄関に行くと、荷物を抱えた薫さんと赤ちゃんを抱っこした元某歌劇団男役みたいな上司にしたいタイプっぽい女性になった晶さんが居た。

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