二〇二二年・十二月某日

 いよいよ今年も師走、走り回るのは『師』だけでなく白バイやパトカー。救急車や消防車も走り回っている。二〇二二年も残すところあと少し、何事もなく新年を迎えたいものだ。


「にゃ~っ! とと! あそんでっ!」

「おっと! あっ!」


 背中に飛びついてきた娘に驚き、手先が滑ってクランクピンのクリップがどこかに飛んで行ってしまった。バネ鋼ってスゲー勢いで飛んでいくよな、落ちた音がした辺りを探したけど見つからない。


「レイ、お父ちゃんの仕事場に来たらアカンって言うたやろ?」


 相変わらずモンキーやスーパーカブは中古相場で高値維持中だが、近頃は少し前まで見向きもされなかったスクーターや海外製のキットバイクまで相場が上がった様に感じる。少し手を入れれば商品化出来そうな車体はとても手を出せず、安くで仕入れられる車体は程度がよろしくない。


「や~! あそんでっ!」


 最近は商品化に手間がかかる個体しか仕入れが出来ない。もしも人を雇って修理すれば工賃で大赤字は間違いない。ウチは俺の人件費以外要らないので何とかやりくりできているが、少し大きな店ではそれなりの問題になっているとも聞く。手間のわりに儲からない仕事が続いて少し疲れている。


「レイ、子供がオートバイに触ったらな、バイクの神さんが怒らはるん」


 仕事を邪魔してほしくないのもあるが、整備の現場は危ない物がゴロゴロしている。幼児が遊ぶには少々危なすぎる場所だ。


「レイちゃんがさわると神さまがおこるん?」

「この前遊んでたら手ぇ切ったやろ? アレはな、神さんが怒ったはるんや」


 神様が怒る怒らない以前に、レイの可愛らしいお手々に傷がつくのは嫌だ。せめてお料理とかお裁縫とか、女の子らしいことで……なんて考えは古いか。ともかく、小さくて柔らかい娘の手がオイル交じりの泥で汚れ、部品のエッジで切り裂かれるなんて嫌なのだ。


「そやからな、おやつでも食べておとなしくしてるか部屋でテレビでも観ておいで」


 レイは今度の一月で三歳、いよいよ幼稚園に入園だ。最近は少子化でご近所に同じくらいの年の子供が少なく、レイと一緒に入園するのは両手で足りてしまうほどしかいない。


「テレビつまんない、ととといる」

「じゃあ、賢うしててな」


 出来ることならレイはこの店を継がず、一般的な企業に就職して安定した生活をしてほしい。出来ればリツコさんみたいに大学に行って青春を謳歌して欲しいし、友人も作って楽しく過ごしてほしい。彼氏は作らんでよろし。 


「とと」

「何や?」


 ぬいぐるみを抱っこしていたレイが話しかけてきた。


「レイちゃんね、ネコちゃん欲しい」

「猫?」


 出来ることなら動物を飼うのは避けたい。特に猫はマーキングをしたり爪とぎをしたりでオートバイを痛めてしまうからだ。それに、すでに我が家には妖艶な大猫が一匹いる。


「きのうね、ニャーウニャーウってないてた」

「昨日? いつ頃?」


 レイは昨日も作業場で俺と一緒だったはず。だとすれば一人で居た時か?


「おしっこにいったとき」

「おしっこ? 夜?」


 最近のレイは夜中に一人でトイレに行けるようになった。


「うん、レイちゃんひとりでおトイレにいった!」

「そうか、えらいぞ」


 夜中に一人でトイレに行き、その時に猫の鳴き声を聞いたと……チョイと待て。


「ね……猫ちゃんの声はどこから聞こえたかな?」

「ととのおへや!」


 それは猫ではない。本人曰く「リツコにゃん♡」だ。

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